2017年9月20日水曜日

【神社ブログ】待ち合わせ時間までまだ30分以上ある!散歩していたらいつか見た風景!都島神社に再び!

昨日ある人ととある場所で待ち合わせをしておりました。
迷うとアレなので早めに現地に到着しました。
待ち合わせ場所を確認し、少し近所を散歩する事にしました。
そしたら‥‥

『あれ?この風景、前に見た事がある‥‥確か神社巡りの時に‥‥』

はい、すぐに見つかりました。
都島神社です。
見て気が付きました。
この神社、以前に来た時は社号標の前に荷物が積み上げられていて、ちゃんと写真が撮れなかったんですよね。
だからまた来ないといけないと思っていたのです。
今回はしっかり撮れました。


はい、ちゃんと社号標も‥‥
植木が下の方を隠していますが、まあ撮れました。{汗}
この写真は鳥居の上を飛ぶ飛行機を狙って撮ったもので、社号標はいずれまた写真サイトの方でアップします。
そっちも木が邪魔をして全部しっかりとは撮れてないんですけれどね。
何故社号標の前に木を植えたのでしょうか?{笑}

そんなわけで、この後しっかりとお参りしておきました。
写真も何枚か撮りましたので、そちらもその内写真サイトの方でアップします。

ちなみにこの神社の向かいには病院がありました。
神様が見守っている病院ですから、きっと良い病院だろうと思います。
元は十五社神社ですから、きっとそっち方面に力のある神様もいる事でしょう。
メインは私の好きなアマテラスちゃんですかね。
また来たいと思います。

2017年8月27日日曜日

【神社ブログ】大阪天満宮で盆踊り!まだ始まってなかったけれど流れてきた曲は懐かしの‥‥

昨日夕方、大阪天満宮に行きました。
すると‥‥


懐かしや、盆踊りがあるんですね。
大阪天満宮の盆踊りは、子供の頃でも数えるほどしか行ってません。
その時の記憶としては、アイスキャンディーを貰った事くらいでしょうか。
概ね私は堀川公園の方に参加しておりまして、そちらは天神さんの盆踊りよりも規模は小さい気がしますが、お菓子が沢山貰えたように思います。
だから堀川公園の盆踊りに参加していたんですね。{笑}

まあそれはいいとして、まだ始まってはいませんでしたが、炭坑節などの曲が流れていたのです。
その中に‥‥

『ぺんぎん村に陽がのぼりゃ~♪』

おいおい、今の子供達、誰もアラレちゃんを知らないのではないでしょうか。
でもアラレちゃん音頭は健在のようです。
いやぁ~懐かしいですね。
そして新しいアニメの盆踊り曲ってなかなか無いんですね。
後はドラえもん音頭くらいではないでしょうか。

個人的には撲殺音頭でしたっけ?
撲殺天使ドクロちゃんのあの曲で踊ってみたいです。{笑}

親に連れられた子供も多く、無料ゲーム券とやらも配っていました。
何かが当たるみたいですね。
子供のいる方は、来年参加してみてはいかがでしょうか。

残念ながら開始が7時だとかで、それまではいられませんでしたが、雰囲気を久しぶりに味わえたので良かったです。
また写真はそのうち写真サイトの方に貼りたいと思います。

2017年8月22日火曜日

【神社ブログ】宇治の神社巡り最後の7社目 橋姫神社は宇治橋を守る神社ですが鳥居は縣神社のものでした!

私が知りたかった宇治橋近くにある鳥居の事。
どこの神社のものなのだろうかと思っていたら、縣神社のものだったんですね。
でも、それに一番近い神社は最後に訪れた橋姫神社でした。
橋とは逆の方から鳥居に向かって歩いていると、橋姫神社がありました。


小さな神社ですが、流石は観光地ですね。
色々と書かれた看板などがありました。
それが無ければ民家の庭のようです。
鳥居と看板が無ければ入りづらい大きさですが、鳥居パワーは偉大です。
余裕で入っていけます。

この神社で謎だったのは、駒札と言いますか立て札に書かれてあった事ですね。
その内写真サイトの方にアップしますが、 何故か原発までの距離が記されていました。

それが福島の原発事故があった最近に立てられたものならまだ分かるのですが、かなり年季の入った立て札だったんですよね。
古くから原発に何か想いがあったんでしょうかね。
それとも古い立て札に最近書き込んだものなのでしょうか。

原発ってのは色々考えさせられるものですよね。
酷い事故が起これば、人が住めないエリアを作ってしまいます。
かと言って、この先の未来を考えて運用も含めて考えなければならないものでもあります。
兵器をイメージすると悪いイメージしかないものではありますが、どうするかと言えばなかなか難しいですよね。
私は数基を残して後は廃炉にしていく方向が良いとは思っています。
ただ、その為には代わりになる良い発電方法が必要になるでしょう。
今は原発を止めるとか動かすとかそんな話ではなく、とりあえず動かして、新たな発電方法を研究開発する事に全力で投資するべきだと思うんですけれどね。
それができれば、自然と原発は無くなっていくわけでして‥‥

神社は歴史を含めて大切な何かを発信する場所です。
できるだけ色々な神社に行っておきたいと改めて感じます。

2017年8月21日月曜日

【神社ブログ】宇治の神社巡り6社目は縣神社 宇治橋の所にある大きな鳥居はこの神社のもの

私が宇治の神社巡りをしようと思ったきっかけがこの神社の鳥居でした。
お墓参りに車で来た時、車から見えたのです。
大きな鳥居が。
それで尋ねてみたわけです。
『あの鳥居は何処の神社だろうか?』
返事は、『あちらに平等院があるよ』というものでした。
でも平等院って、神社じゃないですよね‥‥
それで帰ってから調べたら、そちらにある神社は縣神社でした。
ただその鳥居が縣神社のものかどうかは分かりませんでした。
それを確認する為に、私は再び宇治にやってきたのです。


はい、縣神社に到着です。
この時はまだ、あの大きな鳥居が縣神社のものかどうかは分かりません。
反対側から来ましたからね。
と言いますか、平等院鳳凰堂の周りをウロウロしてからここにきました。

さて縣神社ですが、感じとしてはようやく普通の神社に来たという印象です。{笑}
大阪の神社はこんな感じなんですよね。
普通に手水舎があったので、手を清めてお参りさせていただきました。

この後はいよいよその気になっていた大きな鳥居に向かうわけですが‥‥

その前にもう一つ小さな神社がありました。
次回はその神社をご紹介します。{苦笑}

まあ紹介と言っても、本格的に写真をアップするのは、しばらく先の事になりそうです。
写真は写真サイトの方に順次アップしていきます。

おっと縣神社の話が少なすぎますね。{汗}
それは写真をアップする時に思い出しながらと言う事で‥‥

2017年8月20日日曜日

【神社ブログ】宇治の神社巡り5社目は宝蔵神社 スケールが違う!こんな神社見た事がない!

宇治の神社巡り、次に向かったのは宝蔵神社です。
坂の上にあるようで、坂の下から提灯が並んでいました。
祭りがあるのでしょうか。
何かの準備をしている人も沢山いました。

さてこの神社、なんだか普通じゃないです。


写真じゃ分かりづらいかもしれませんが、とにかくスケールがデカいです。
神社と言うよりは、どちらかというと寺院の御堂に近い気がします。
この建物の向かい、写真を撮った位置から右後方に、如来像のような、何かが立っておりました。
おそらくその内写真サイトの方で紹介できるとは思いますが、神社の雰囲気とは少し違う感じがします。

そしてお参りしようにも何処でお参りすればいいのか分からず、軽く手を合わせるだけで終わりました。{汗}
お賽銭箱や鈴すら無いですからね。
神紋も見た事がないですし、誰を祀っているのでしょうかね。

住吉大神のようですね。
そして大国主だったり、菩薩だったり、如来だったり、かなりハイブリッドな感じですね。
神仏習合していた頃は、だいたいこんな感じだったのかもしれません。

このような神社があるんですね。
この神社にこれただけでも、京都まで来たかいがありましたよ。
ただ、坂がきつくて大変でした。{笑}
この神社に来るまでに既に足がつっており、この上にも何かありそうでしたが、流石に登れませんでしたよ。
またいつか、体調が良い時に来れればと思います。

2017年8月19日土曜日

【神社ブログ】宇治神社巡りの旅 4社目は一番大きな宇治上神社です

先に言っておきます。
写真はその内写真サイトの方でアップしますので、ここでは1枚だけ表の鳥居しかアップしません。
写真は沢山撮ったので、アップするのも大変なのです。{汗}

さてこの日宇治神社を訪れた後、そのままの流れで宇治上神社にやってきました。
『うじがみじんじゃ』で良いんですかね。
調べてみたらそのようです。
二つの意味が一緒になった名前のような気もします。


とにかく、大阪の神社と違って広いです。
無駄に広いというと言葉が悪いですが、やはり境内も町の一部と言った感じがしますね。
鳥居は鋭角な感じで、厳島神社とか、大阪では姫嶋神社もこんな感じだったように記憶しています。
違っていたらすみません。

少し坂を上った先にあったかと思います。
だから既にこの時はバテバテです。{汗}
この日ツッた足は未だに何かおかしいです。

観光地と言う事で、参拝者も結構いました。
写真に人が入らないようには撮れません。

それで大阪の神社と比べてハッキリ言えるのは、色々と古いという事です。
大阪って戦争で多くが焼けちゃいましたよね。
だから社殿は比較的新しいし、区画整理とかしたのでしょうか。
まあそれなりにまとまっている印象があるのです。
でもこの宇治上神社は一帯が境内ですし、建物に限らず、階段とかそういう部分に魅力を感じました。
石で適当に作られた感じで、今のように登りやすい階段ではないのです。
だから上り下りするにしても、慎重にしている人が多かったです。
大阪城内の階段をイメージすると分かるかと思います。
それ以上に手作り感のある、古い状態のままですね。

やっぱり地域によっても違うし、もっと色々な神社を見て回りたいですね。
ただ、汗をかく時期は関節痛になるので行かない方が良さそうです。
昨晩は痛みで全然眠れませんでしたから。
先ほど昼寝をして少し復活と言った感じです。
今晩は関節痛に悩まされなければ良いなと思います。

話がそれましたが、またいずれここには参拝に来て、ゆっくり見て回りたいと思います。
この日は意識も朦朧としていて手短に済ませましたからね。{苦笑}

2017年8月18日金曜日

【神社ブログ】宇治の神社巡り3社目は宇治神社です!大阪には無いタイプの神社ですね!

宇治の神社巡り、3社目は宇治神社です。
流石に観光地と言った感じで、大阪都心部の神社を巡った中では見られなかったタイプですね。
宇治川に架かる橋から参道となっているようです。
橋の欄干がやたらと低く、橋(端)を歩くのが怖く感じます。{汗}
参道は真ん中を歩いてはいけませんが、安全第一ですよ。
宇治川の流れは早いのです。

さてそんな橋を渡った先に見えるのが鳥居です。


実際は裏手から入ってしまったので、とりあえず表側にやってきた感じですね。
橋を渡るのもこの後の話です。

鳥居はなかなかがっちりしていて、神額は付いていませんでした。
社号標がこれだけ広い神社にも関わらず、左側にあるのは珍しい気がしますね。
大阪の神社は大きな所は大抵右側にありました。
観光地ですから看板もあり、かなりアピールが強い気がします。

神社の印象は、とにかく年季が入っているといった感じだったでしょうか。
大阪の神社と違って、少しガランとした雰囲気もあります。
そして神社と言うよりは、町の一部のような感じもします。
おそらく昔はもっと一体化していたんだろうなと思えますね。

京都の神社が見れて良かったです。
この後更に変わった神社を見ますが、それは数日後に紹介する予定です。{笑}

2017年8月17日木曜日

【神社ブログ】暑くて死にそうになりながら参拝を続ける!末多武利神社も小さな神社でした!

宇治は観光地です。
だから観光客が沢山いたわけですが、よくこんなに暑い中観光してますね。
私もメッチャ歩いていたわけですが‥‥{苦笑}
いやね、やっぱり見たいんですよ。
参拝したいんですよ。
足はつりそうになるし、頭はすぐに熱くなってクラクラしてきますが、私は頑張りました。

そんな中たどり着いた2つ目の神社は、末多武利神社でした。
その場で名前が分からなかったのですが、後で調べた所そのような名前の神社のようです。


小さな神社ですね。
これくらいの規模の神社は大阪にも沢山ありますが、でもどことなく雰囲気が違う気がします。
なんと言いますか、年季が感じられると言いますか、歴史を感じると言いますか。
玉垣がスッキリとした石柱でない辺りがまず一つ。
後は地面と言うか床というか、スッキリ整備されていない感じと言いますか、自然の中にある神社という雰囲気がありますね。
私はこういう方が好きです。
ただ、大阪の場合大抵小さな神社でも狛犬がいた気がしたのですが、宇治の神社では狛犬はあまり見かけなかった気がします。
見逃していただけかもしれませんけれどね。

さてこれから宇治神社に向かうわけですが、他にも見どころが有って色々寄り道しながら歩いています。
私の生命エネルギーはそこをつきそうでした。{苦笑}

2017年8月16日水曜日

【神社ブログ】京都の宇治辺りにある神社を巡ってまいりました!意外と小さい神社が多かった!まずは式内彼方神社!

久しぶりに新たな神社に行きましたのでブログが書けます。{笑}

今日はお盆という事で、宇治霊園にお墓参りに行きました。
そしてその後、宇治の神社を巡ってきたのですね。
墓参りの後に神社ってのはどうなのか知りませんが、神様に失礼だとか言って参拝しないより、ちゃんと参拝する方が良いと思いますから、私は行くのです。

さて、結構長い道のりでした。{汗}
暑いし坂が多いし疲れます。
冬場に神社巡りをしていた時はずっと歩いていても平気でしたが、流石にヤバいですね。
ちゃんと水分を摂って無理しないようにしないと倒れますよ。
足もつりそうになりますし。
道にはスズメバチ大先生もおられました。
大阪では見かけないスズメバチ先生を久しぶりに見ましたよ。
キイロスズメバチなのでそんなに大きくは無かったですが。

黄檗方面から宇治に向かって歩く事30分くらいでしょうか。
ようやく一つ目の神社が見えてきました。


式内彼方神社だそうです。
京都の神社だから何処も大きくて凄そうな印象があったのですが、大阪にある神社と比べてもかなり小さな神社でした。
それでも式内ですよ。
神社の格式についてはこちらをご覧ください。
小さくても古くからある格式の高い神社と言えそうですね。

ただ、大阪の神社の場合、社号標にある格式を表す文字が消されていたりしますが、こちらはむしろ社号標を新しく作り直しアピールしているようにも見えますね。
観光地だからでしょうか。
それともアピール精神が強いからでしょうか。{笑}
少し大阪の神社との違いを感じました。
そして結局、何処の神社でも遥拝所が見つからなかった気がします。
私が見逃していただけかもしれませんが、これもちょっと違う所ですね。
流石に都が長く有った日本の首都と言った所でしょうか。

ちなみに日本の首都は東京となっていますが、実は遷都してはいません。
新たに東京を都と定めただけにすぎず、京都も実は首都と言えなくはないのです。
明治天皇も『少し出かけてくる』と言って東京に行きましたからね。
いずれ戻ってくる可能性を残しておりますし、本当の首都は京都であるという含みもあるのでしょう。
だから遥拝所は不要なのかもしれませんね。
アマテラスちゃんに会えませんが。

写真は気が向いた時に順次アップしていきます。
写真サイトの方にね。
こちらでは軽く順番に紹介できたらと思います。

そんなわけで、まずは式内彼方神社でした。

2017年7月28日金曜日

【神社ブログ】祭りで講社が集まっていた!日本の文化を守る集団『講』!

天神祭りのギャルみこしを見る為に、大阪天満宮に行きました。
そこで目にしたのは色々な『講(講社)』でした。

 写真は大阪天満宮の地車講です。

講社とは、宗教・経済・社交上の目的を達成するために組まれた結衆集団の事です。

今回は大阪天満宮の講について少し話すのですが、とにかく数が多くて驚きました。
大阪天満宮を支える地域住民のグループが沢山あったという話ですね。
地車を提供管理し、祭りの時にはその運用も行うのが地車講です。
完全なボランティアというかその辺りは分かりませんが、神社とは地域住民の講が支えているという事なのでしょう。
大阪天満宮は流石に大きな神社で、日本三大祭りを行う所でもありますから、講も沢山ありました。
私が知っていたのは、御神輿の講が2つあったというくらいでしょうか。
境内の北側に神輿庫があり、そこの説明で書かれていましたからね。
他にもあるんだとは思っていましたが、でもまさかこれほど多いとは思いませんでした。
境内をパッと見ただけでも6,7社の講が場所を陣取って神具を公開しておられましたね。

調べてみると、26社前後の講がありそうです。
詳しくは天神祭りのサイトの方に載っていますのでそちらを見てみてください。

大阪天満宮はおそらく特別多いのだとは思いますが、神社が存在する以上支えている講、或いは講のような集まりは、きっといくつもあるのだと思います。
私は特に講のメンバーではありませんが、それでも色々過去に協力した事、手を貸した事はありました。
講に限らず、神社の祭りには地域の住民の多くが協力しているのですね。

そう考えると、神社ってのは単なる一つの宗教の施設と考えると収まりません。
やはり日本の文化そのものなんだなと改めて感じさせられます。
宗教には正直関わりたくないですし、あまり良い印象はないですけれど、神社神道だけはやはり別だなと改めて思わされましたね。

講社をつくり支えている方々、これからも日本の文化を守る為に頑張ってください。
応援しています。

2017年7月27日木曜日

【神社ブログ】お祭りの日は神社に行くべし!参加するのは当然良いとして‥‥

23日にはギャルみこし、そして25日には締めの花火大会がありました。
そういった特定のものに参加したり見に入ったりするのもいいですが、祭りの日はとりあえず神社に行く事をオススメしたいです。

理由は、普段見られないものが見られるからです。


写真は御錦蓋というそうですが、こんなのは初めて見ましたよ。
御錦蓋とは神具の錦の蓋(かさ)の事だそうで、それを乗せるのが御錦蓋講船だとか。
つまり、神様を船で渡す際、この神具が使われると考えていいんですかね。
船に限らず、御御霊が他に移る時に必要な神具だと公式サイトには書いてありました。

この日は、他にも地車や豪華な御神輿など、普段見られないものが色々と見られました。
写真は、写真サイトの方でより大きな画像をアップして紹介しますので、しばらくお待ちください。
おそらく1週間以内にはアップできると思います。

それにしても、まだまだ知らないものが沢山ありそうです。
私は、ある程度分かってくるとそれで満足してしまう所がありますが、神社に関してはまだまだ楽しいのはこれからって感じですね。

2017年7月26日水曜日

【神社ブログ】天神祭りの花火大会を見て参りました!なんだか昔の花火大会とは違う気が‥‥お勧めスポットなど

天神祭りの花火大会を見て参りました。
花火はとても綺麗で、すぐそばで見たので音の迫力もありました。


写真は沢山撮りましたが、他の写真は順次写真サイトの方でアップしていきます。
そちらの方が大きな画像を載せますので、見たい人はしばらくお待ちください。
1ヶ月以内のアップを目標としています。{汗}

さて、まずは当日の話の前に、昔の話。
子供の頃は毎年のように花火を見に行っていたわけですが、その頃と今では随分違いますね。
まず、打ち上げ場所が変わっています。
昔は毛馬の方と中之島辺りだったかと思います。
両方見える地点があり、そこで友達と見ていた記憶があります。

でも今年打ち上げ場所を調べると、随分と近いですね。
ほぼおなじような所から上げるようです。
どうやら帝国ホテルができた関係で、打ち上げ場所が変わったのだとか。
勝手な憶測ですが、帝国ホテルかOAPかがスポンサーになって費用を負担し、その代わりそこから見やすい位置に花火の打ち上げ場所が変わったものと思われます。

まあそれならそれで両方見るにはいいのではないかと、打ち上げ場所に近い櫻宮神社に行ってスタンバっていました。
19時30分ごろから、花火が始まりました。

櫻宮公園側から打ち上げる方はもう目の前で、メチャメチャ近くで見えました。
ただ、櫻宮神社境内からだと、川崎公園側から打ち上げる方は見づらいですね。
木や何かしらに隠れてほぼ見えませんでした。
昔は随分離れていても見えたのですが、どうも花火を打ち上げる高さが低くなっているように思います。
ほぼほぼ花火が見られる場所は限定されている感じでした。

場所を移動して、川崎公園側の花火を見る為に銀橋(櫻宮橋)に行きました。
都島区側から北区側に渡る場合、左側通行で丁度川崎公園に近い側を歩く事ができました。
橋の上はかなりの人でしたが、場所がまるでないわけでもなく、じっくり見る事ができました。
写真はその時に撮ったものです。
ただ、こちら側からだと、櫻宮公園側の花火が見づらいです。

結局、両方がスッキリと綺麗に見える場所には行けませんでした。

両方スッキリと見たいなら、源八橋の上辺りが良さそうですね。
ただ、そんなに広い橋ではないし駅の近くですから、場所の確保が大変そうです。
それに立ち止まると身動きがとれなくなりそうです。
近くで見たいなら、櫻宮神社はかなり良かったです。
花火が低めなので、本当に目の前で見る事ができます。
煙の中に入ってしまう事もありました。
川崎公園側を近くで見るのなら、銀橋の上はまずまず良かったです。
もっと良さそうな所がありそうですが、今回は見て回れませんでした。

そんなわけで、天神祭りの花火大会は良かったです。
子供の頃に見た花火と少し違いましたが、近くで見たいなら今の方が良さそうですね。
それに人が一ヶ所に集まるので、盛り上がりもある気がします。
昔は何処でも見れたので、やや分散していましたからね。

2017年7月23日日曜日

【神社ブログ】本日大阪天満宮の天神祭りに向けて行われるギャルみこしを見て参りました!

はい、ほんの30分ほど前まで、お祭りを見ておりました。

天神祭りは24日、25日に行われるのですが、その前にギャルみこしというのがあると聞いて見に行ってまいりました。
まずは河川敷の花火を打ち上げる辺り、準備状況を確認しつつ、ギャルみこしが大阪天満宮に着く時間に合わせて神社に到着です。
巡行ルートと時間の予定はこんな感じです。

 画像は天神祭ギャルみこしのホームページにあったものです。

つまり15時少し前を狙って天満宮に行ったわけですね。
今日はまだ写真はアップできないと思いますが、そのうち写真サイトの方にアップします。

沢山の人が写真を撮っておられましたので、何処かにきっと私も写っているでしょう。{笑}
当然ですが私の撮った写真には私は写っていませんが。

それにしてもみんな必死にギャルみこしを追いかけ、手を必死に伸ばして写真を撮っていましたよ。
なんかアイドルのおっかけ気分を味わいました。
まあぶっちゃけアイドルというには一歩も二歩も足りない感じがしましたが、なんというんでしょうね。
凄く魅力を感じましたよ。
菅公先生もきっとニヤニヤしていたと思います。{笑}
表現が悪かったですね。
喜んでおられたことでしょう。
とても元気で楽しそうな女性たちを見て、とても元気をいただきました。
ありがとうございます。

本当に不思議なんですが、お祭りの中にいるともう何でもできそうな気がしてくるのです。
表現は悪いかもしれませんが、人はこういう盛り上がりの中で戦争をしていたんじゃないかと感じました。
ドラを鳴らして合戦ですよ。
恐怖とかそういうのも薄れますよね。

こういう雰囲気は、現代の人はもっと味わうべきだと感じます。
戦争はやっちゃいけませんが、こういう雰囲気を味わう事はとてもいいですよ。
ストレス社会と言われていますが、全てが小さなものに感じます。
本当にお祭りっていいなって思いました。

さて明日は神鉾流し、そして明後日は大花火大会です。
明日は朝早いのでいけませんが、花火は見に行こうと思います。

2017年7月18日火曜日

【神社ブログ】これはまた斬新な神社だ!{笑}天満警察署前に鳥居‥‥どう見ても神社じゃないよね‥‥

普段歩かない道を歩くのは楽しいです。
新しい発見がありますから。
常に新しいものが見つかるわけではありません。
ただ、続けて見つかる事もあるわけで‥‥


こんな所に鳥居があるのを発見しました。
北浜から淀屋橋方面に向かう途中です。
駅のある方とは逆側、中之島を挟んで向かい側の道です。

どういう意味のある鳥居でしょうか。
この鳥居の向こうは元々参道だったのでしょうかね。
でもこの鳥居、こちらからは逆のようです。
表に回ってみましょう。


駐車場入り口に置かれた鳥居といった感じです。
横にある石灯籠を確認すると、梅鉢紋がありますね。
つまり天神さん、大阪天満宮に関連した何かなのでしょう。

この鳥居を入って向こう側が参道だとして、あの階段の向こう側辺りに何かあったのでしょうか。
あっちから来たのですが特に目につくものは無かった気がします。

それにしても面白いですね。
鳥居と石灯籠だけが残るこの場所には、おそらく何かがあったのです。
軽く調べてみると、『神鉾』を流す浜の入り口だとか‥‥
天神祭の時にここから神鉾を流し、流れ着いた所を御旅所にしたそうです。

色々あるんですね。
この歴史も古く、今から千年以上も前に始まったようです。
こういうのが今も残っている大阪の町って、いいですよね。

2017年7月17日月曜日

【神社ブログ】思わぬ所で神社を発見!参拝できないかと向かってみたら‥‥

思わぬ所で神社を見つけると嬉しい気持ちになります。
鳥居を見つけただけでもテンションが上がります。

この辺り普段は歩きません。
淀屋橋の駅の方は結構歩くのですが、中之島の反対側、梅田方面にはあまり行かないのです。
昨日は偶々でした。
梅田の方の道を歩いていると‥‥

『ん?アレは鳥居じゃね?』

でも遠くてよく見えません。
そこでデジカメでズームして写真を撮ってみました。
すると‥‥


あれは間違いなく鳥居のようです。
建物の二階にあるようですが、おそらく手前の祠に神様が祀られているものと思われます。
もしかしたら行けるかもしれないので、私はちょっとさぐってみる事にしました。

‥‥


建物は日本銀行大阪支店、南2号門のある所でした。
日本銀行も神社を置いて色々上手くいくように祈願しているのですね。

ちょっと嬉しい気持ちになったり、でも入れそうになかったので残念だったり。
まあでも写真が撮れて良かったです。

2017年7月16日日曜日

【神社ブログ】昨日は大阪梅田にある露天神社の夏祭りでした

昨日は露天神社、通称お初天神で夏祭りがありました。
御神輿を担いでいる所が見たかったのでちょっと行ってきましたが、何時ごろ何処でやっているのか分からず見る事はできませんでした。{汗}
おそらく神輿か地車かは分かりませんが、その辺りをワッショイワッショイする人が飲み屋のような所から出てきた姿を見たので、私が行ったのは丁度食事時だったのでしょう。
残念です。

まあでも普段境内に無いものが見られましたので良かったです。



参拝者も多かったですね。
手水舎から順番待ちでしたよ。
そしてその後参拝も並んだのですが、私の並んだ右側はじっくり参拝派が固まっていたようで、全然参拝が進みませんでした。{笑}
私もじっくり参拝派ですが、後ろに並んでいる人がいたので早めに済ませました。

それにしてもやはりよく知らない御祭は見どころが分からないのが微妙です。
来週、22日23日は大宮神社でお祭りがありますし、24日25日は天神祭りですよ。
大宮の方はよく分からないので行く予定はありませんが、天神祭りは花火だけは見ようと思います。
その前にお参りですかね。
日本三大祭りの一つがもうすぐですから、是非皆さんも花火くらいは見に行ってはいかがでしょうか。
私は久しぶりに見る予定なので楽しみですね。

2017年7月14日金曜日

【神社ブログ】詳細は不明?これはもう間違いないでしょ!大宮神社にある北斗社の北斗大神

大宮神社には、あまり聞かない摂末社が色々あります。
その中でちょっと我々世代の気を引くのがこの神社ですね。


何処に神様がいるのか分かりませんが、とりあえず奥の木が祀られているようです。
そしてこの神社の名前が‥‥


北斗社ですね。
木が祀られているのに北斗社って、なんだか不思議です。
祭神は北斗大神ですが、それは一体誰なのでしょうか。

大宮神社のホームページには、八幡様⇒宇佐神宮⇒末社の北辰神社⇒祭神天御中主神となり、その天御中主神と北斗大神が結びつきがあるとされています。
八幡宮と言えば祭神が応神天皇で、武の神様ですね。
武、そして北斗と来れば、武論尊先生の名前がでてきます。
あの北斗の拳の原作者ですね。

もしかしたらここに祀られている神様は、ケンシロウのご先祖様ではないでしょうか。
いやいや、ケンシロウは架空の人物、漫画の中にいるキャラですからあり得ません。
とはいえ武論尊先生の名前も意味ありげですし、もしかしたらモデルになる人がいた可能性があります。
日本は口伝で密かに色々な事が伝わっていますし、北斗を継承する人がもしかしたらいるのではないでしょうか。

ちなみに、北辰神社は『ほくしんじんじゃ』と読みます。
北清事変は皆さんご存知、支那であった義和団による事変ですが、この義和団が使っていた拳法が『神拳』と言います。
北斗と神拳が結びつくと‥‥

そんな妄想に浸りながら、大宮神社に参拝に行くのもいいかもしれませんね。

2017年7月13日木曜日

【神社ブログ】鳥居があっても神社じゃない!不思議な浜地蔵尊!

知らない町、知らない所を歩くのは結構楽しいです。
新たな発見があるからです。
この辺りの河川敷を歩くのは初めてだったのですが、まさかこんな所に鳥居があるなんて‥‥

神社だ!と思ったら、まさかの地蔵尊でした。{汗}


浜地蔵尊というそうです。
新淀川の毛馬の閘門がある所から、少し旧淀川を下った所にあります。
北区側の河川敷です。
公園があって、その中にありました。
かなり年季も入っていて、一体何時作られたものなのか気になります。
この鳥居はヤバいです。
年季を感じまくりです。

地蔵尊というのはご存知の通り神社とは違います。
それが一緒になっていると言う事は、神仏習合していた頃のものという事ですかね。
むかし淀川の水があふれた事もあり、おそらくこの辺りも水に浸かった事が何度もあるはずです。
だから鳥居はこんな風に今にも壊れそうになっているのだと思うのですが、地蔵尊は建て直したか、或いは祠は無かったのかもしれません。

それにしても驚きは、こんな所にある地蔵尊でも、ちゃんと中の提灯には電灯がともり、千羽鶴なんかも飾られたりしている所です。
一体誰がどのように管理しているのでしょうね。
こういうのを管理する仕事とかあるのでしょうか。
そういうのがあるのならやってみたい気もします。

何にしてもこういうのが見つけられたのは良かったです。
参拝したいという方は、北区側の旧淀川河川敷を新淀川方面に上っていくのが良いかと思います。
正直正確な場所は覚えていません。{汗}

Googleマップで見たら、毛馬桜之宮公園だそうです。
ストリートビューで見る事もできますね。
気になる方はストリートビューで見てみてください。
淀川神社の川向いの公園です。

2017年7月12日水曜日

【神社ブログ】思わぬところに神社があった!早速お参りに行ったわけだが‥‥金網に囲まれていたでござるの巻

Google先生で検索しても、なかなか出てこない神社があります。
それでも神社の名前をピンポイントで検索すれば出てくるわけで、そうして見つけたのが南森町にある白龍大神でした。


しかしこの神社、金網で囲まれて入る事ができません。
これは金網の間から頑張って写真を撮ったものです。
本当なら鈴を鳴らして手を合わせておきたい所ですが、それは無理なようです。

せめて鈴が鳴らせたら‥‥ん?

よく見ると鈴から何やら紐が出てますね。
確認すると‥‥


金網の外の所まで繋がっていました。
つまり、この紐で鈴を鳴らしてくださいという事でしょうか。

『おっ、おう!』

でもですね、鈴の下に吊るされた紐はですね、鈴緒と言って神様とを繋ぐものなのですよ。
この細い紐がその代わりになるのでしょうか。
少々疑問に感じながらも、今度この辺りを通る事があったら、この紐で鈴を鳴らして手を合わせておきたいと思います。

2017年7月11日火曜日

【神社ブログ】ネタもないので本当にどうでもいい話 本当にどうでもいいんだけど調べてみる?

本当にどうでもいい話です。
ちょっと、『えっ?』って思っただけです。
これは櫻宮神社の本殿ですが‥‥


千木、ちょっと傾いてないですか?
もしかして左右同じでなくてもいいのでしょうか。{汗}

一応調べてみますかね‥‥

どの神社を見ても概ね左右対称です。
一時五十一分くらいなんです。
しかしここは一時四十七分くらいですよね‥‥

そのワケは、調べても分かりませんでした。
単純に壊れているという事でしょうか。
でも比較的綺麗な社殿ですし、壊れているって事もないような気がしますけれどね。

そんなわけで、どうでもいい話でした。

2017年7月10日月曜日

【神社ブログ】鵲森宮は鵲だけに詐欺だぁ!{笑}森之宮神社にある疑問 奥社って何処よ?

私は、アマテラスちゃんが大好きです。{笑}
だからアマテラスちゃんがいる神社ではちゃんとアマテラスちゃんに挨拶したいわけです。
しかしこの神社、いるはずのアマテラスちゃんがどこにもいません‥‥


その神社はこちら、鵲森宮です。
通称森之宮神社ですね。
この神社の入り口に置かれた説明では、奥社に天照皇大神、素盞烏尊、月読命とおられるはずなのです。


しかしその奥社とやらがどこにも見当たりません。


拝殿の奥にはこのように本殿があるのみです。
奥社は何処?{汗}
そもそも奥社というのがどういう風に造られるものなのかも私は知りません。

そこでちょっと調べてみました。
すると‥‥

奥社について書かれている記事を発見しましたよ。
聖徳太子を祀る神社 ~鵲森宮~

その記事によれば、どうやら本殿の後ろといいますか、写真で言えば右側のビルの屋上にあるようです。
参拝は社務所で許可を得なければならないようですね。
残念ですが、一応近くにおられる事だけは確認できました。
今度行ったら後ろのビルを拝みたいと思います。

2017年7月9日日曜日

【神社ブログ】神社は歴史を残す所だから!だから古い方がいいの!でも本音を言うと‥‥

神社は日本の歴史を残し受け継いでいく場所です。
だから偶に文字が左側から書かれているのを見ると寂しく感じます。
歴史は今もこの先も含めて歴史ですから、自然と変わっていく部分もあっていいはずです。
でも本音を言えば、文字は右側から書いて欲しいし、近代的な施設や設備はあってほしくないのです。


これは玉造稲荷神社の拝殿内だったかと思います。
少し違和感を覚えませんか?
手前のストーブはまあいいとして、蛍光灯がつり下げられています。
ちょっと神社の拝殿内にはふさわしくないと思ってしまいました。
やっぱり一見近代的なものは神社にはふさわしくないのです。

だったら何が良いのか、代わりに照明器具は何をおくのが良いのか考えました。

そうですね‥‥目立たないLED照明なんかが‥‥(あれ?)
この天井なら天上自体にLEDを埋め込んで光るようにすれば‥‥(あれれ?)

どうやら私は神社に、歴史的建造物的な古さではなく、神社のデザインイメージを優先して求めているようです。{汗}
この蛍光灯を見てそれに気が付きました。
鉄でできた鳥居の形をしたものとか、アレもアレでその時代を表すものと言えるのです。
でも私の神社イメージには合わないんですね。

結局、良いものは残し、悪い部分は改善していくって事でいいんですよね。
更に良い物に置き換えるのも有りだし、初心を忘れない為に古いモノを残すのもいいのです。
ロウソクよりも蛍光灯の方が明るくて安全なら、変えるのも変えないのもその時の人の価値観で優先される方で良いんですよね。

そして色々な神社があっていいのです。

他が間違っているという考えだと、日本に八百万の神はいません。
私はまた一つ悟ってしまいまいた。{笑}

2017年7月8日土曜日

【神社ブログ】こんな所に鳥居があったというだけの話 小さな鳥居って何を示す?

鳥居とは、『ここから先は聖域である』という印です。
だから鳥居の向こう側は聖域なのです。

それは分かりましたが、よく分からない鳥居もありますよね。


この鳥居、よく分かりません。
そこ、聖域ですか?{汗}
ああ、写真にでかでかと写っている難波神社の神額が付いている鳥居ではないですよ。
右下の隅にある小さな鳥居の事です。{笑}

蟻があの角の隅に参拝に来るのでしょうか。
ヒアリはお断りです!

鳥居は、人間が聖域に入る前にくぐる門ですよね。
でも小さな鳥居って意外と色々な所で見ますよね。
何のためにあるのでしょうか。

ゴミを捨てないように小さな鳥居が置かれていたりします。
悪い事をしてはいけないと考え直させる為に使われたりもします。
でも神社にある小さな鳥居は何でしょうね。

神社にはまだまだ分からない所が沢山あるという話でした。

2017年7月7日金曜日

【神社ブログ】歴史上の人物が神様として祀られているとちょっと感動する

歴史上の人物が祀られている神社があります。
そういう神社を訪れてそれを知ると、ちょっと感動しますね。

大阪城にある豊國神社では豊臣秀吉が祀られています。
これは場所からも当然ですし、特に思う事はありませんでした。
よく行っていた大阪天満宮には菅公先生ですが、これもぶっちゃけ『そうなんだ~』くらいでした。
むしろ神話の天照皇大神とかの方が個人的にはテンションが上がります。

そんな私が最初に少し感動したのが玉造稲荷神社の豊臣秀頼ですね。
像が立っていて、『へぇ~この人が‥‥』と思う所がありました。
ちょっとマイナーな感じの方が私は感動するようです。

そんな私が一番感動したのが、難波神社の相殿に祀られているこの方です。


徳川家康ではないですよ。
マイナーじゃありませんしね。

私が感動したのが楠正成(楠木正成)です。
まさかこの人が神様になっていたなんて!
いえいえ、神様になるにふさわしい方だとは思うのですが、そんなに有名ではありませんよね。
有名ですか?
家康や秀吉、菅公先生に並ぶくらい?
もしそうなら私の勉強不足ですが、私にとってはまさか神になっているとは思えなかった人物なのです。
でも神になっていて欲しい人物だったわけで、名前を見つけた時は感動しました。

NHKの大河ドラマでは、武田鉄矢氏が演じていました。
とても良かったんですよね。
史実とは色々と違う所もあったでしょうが、戦いの天才で後醍醐天皇に忠誠を尽くしたという点は本当です。
おそらくこの時代なら足利尊氏なんかの方が有名でしょうが、神様にするなら楠木正成なのです。
日本人の価値観が、この辺りに表れていますね。
こういうのも神社を見て理解する事ができます。
そして面白い所です。

こういうマイナーだけど凄く良い人ってのは、日本中色々な所で祀られているのでしょうね。
そういう人が祀られている神社、もっと行ってみたいです。


2017年7月6日木曜日

【神社ブログ】漠然と凄いとは思っているけれど、こういうのを見るとやはり日本は凄い国だと思う

神社ブログ、もうネタなんてありません。
最近神社にも行っていません。
いえ、正確には、違う神社には行っておりません。
軽く行ける神社がもうないのです。{汗}
本当は全国の神社を巡る仕事とか有ればやりたいのですが、そんな仕事は無いのです。
そんなわけで、今日もあまり神社とは関係の無いブログです‥‥

神社は日本の歴史を残している所で凄いという話はしています。
その出来事がどれだけ重要だったのかも分かります。
それとは別に、こういうのも歴史を感じるという話。


千年祭紀念燈だそうです。

今までは軽く流していましたが、千年ですよ千年。
他の国に千年も続いている何かってどれくらいあるんでしょうね。
この大阪天満宮ですら千年なわけで、日本にはもっと長く続いている神社は山ほどあるでしょう。
世界最長の企業というのも、日本はランキングを独占しています。
これだけ自然災害の多い国で、どうしてこれほど多くのものが続いているのでしょうか。

一つは日本は変わらない国だという事です。
国家体制は一応2600年以上続いているという事になっていますし、文化も変わりません。
今の日本から昔を十分に想像できる国です。
そんな変わらない国を維持する為に必要なのが平和ですね。
日本ほど平和な国は他になかなかないでしょう。
確かに海外の脅威にさらされた時代もありました。
国内で戦争が行われていた時代もありました。
世界大戦で都会が焼野原になった事もあります。
でも、少なくとも国家が国民をないがしろにした時代はありません。
戦争するにしても住民に配慮してやっていました。
その文化は今でも『表でろや!』などと、他人に迷惑をかけない決闘を心がけている所に表れています。
ヤクザも、『カタギに手を出すな』というのがありますよね。

日本では常に国民と文化が守られるのがあたり前だったのです。
素晴らしいですね。

何故私はこんな話をしているのでしょうか。{笑}
そんなわけで、神社にあるこういう石碑を見ると思うわけです。
日本は本当に平和で国民が穏やかな国として続いてきたんだなと。
そんな日本を守る為に、これからの我々も頑張っていかなければならないなと思いますね。

2017年7月5日水曜日

【神社ブログ】十三参りってなんぞ?十三(じゅうそう)にお参りに行くの?

大阪天満宮に行ったら、こんな看板が出ていました。


十三まいり受付?

大阪人なら思うはずです。
十三(じゅうそう)にお参りに行くの?

調べてみる事にしました。

旧暦の3月13日前後 (新暦の3月13日から5月13日)に、男女とも数え年13歳でおこなうお祝いだそうです。
そんなお祝いあったんですね。
七五三みたいなもんでしょうか。

それにしても13日ですよ。
日本ではお祝いの日かもしれませんが、金曜日だとどうなんでしょうね。{笑}
小学生から中学生になったお祝いという感じですよね。

ウィキペディアの説明を読むと結構楽しそうです。
自分が大切にしている漢字を半紙にしたためお供えするとか、本堂を出た後振り返らないとか、こういうのはやるべきです。
帰って親にお礼を言うとか、教育にもいいです。
どうしてこういうのをもっとやらないのでしょうか。
学校教育に取り入れてもいいと思うのですが、宗教とかわけのわからない壁が立ちはだかるのですかね。
教育の方法と考えれば何も問題はなさそうです。
それにこれは神社だけではありません。
むしろお寺の方がやってるんじゃないでしょうか。

ちなみに今でこそ中学生になったお祝いっぽいですが、奈良時代は元服にあたります。
今でいうと成人式みたいな感じだったんですね。
そう考えると、現代人は大人になるのが遅い気がします。
ドンドン人が子供っぽくなってきていますよね。
自覚という部分が足りないのだと思うのです。
果たしてそれでいいのか、もう一度見直してみる必要があるのではないかと感じます。

犯罪は13才以上は大人として扱うべきだと私は考えます‥‥
なんか話がずれましたが、こういう良いお祝いはしっかりやるべきだと思います。

2017年7月4日火曜日

【神社ブログ】今日は特に何もないので突っ込みを入れる!{笑} 

手水舎では、手を清め、口を漱ぐと決められています。
神様に会う前には身も心も綺麗になり、失礼がないようにするのです。
でも、手を清めるのは分かりますが、口を漱ぐって何でしょうね。
口臭を抑える為でしょうか。{笑}

調べても理由は分かりませんでした。
その代わり他の事が分かりました。
水を吐き出す時は左手で隠すとか、龍の口から水が出ているのは『龍は水の神様』だからだとか、そういうのがあるんですね。

さてとりあえず、手水舎という名前なのに口も漱ぐわけですが、こんな神社がありました。


いやぁ~良いですね。
野鳥が水浴びに来る神社、なんだか素敵じゃないですか。
でもその水浴びした水を口に入れるのはやっぱり抵抗がありますし、それを止めるように言うのは分かります。

でも、手をその水で清めて、綺麗になるのでしょうかね。{汗}
神の水だから大丈夫?
だったら口に入れても大丈夫な気もします。

別にどうでもいい話ですが、こういう対応の為に水道水を直接使うような神社も増えているのはちょっと悲しい気もします。
私は玉造稲荷神社のような対応の方が好きでね。

2017年7月3日月曜日

【神社ブログ】神社が残す歴史 大東亜戦争がどんな戦争だったのか一目で分かる

昨日は体調がすぐれず、ブログ更新しませんでした。{汗}
とはいえネタもないので、そうでなくても更新しない日は増えるでしょう。
今日は書きます。

今まで散々言っていますが、神社は歴史を残す所であります。
日本の二千年の歴史が神社には残されているのです。
その中でも戦争に関するものは結構多いです。
特に日露戦争に関する石碑が多いのは以前ご紹介しました。
今回は、大東亜戦争について残されているものをご紹介したいと思います。


これは大阪梅田にある露天神社の注連柱です。
そこに銃弾痕が残されていました。
米軍グラマン戦闘機による攻撃があったのだそうです。
これを見て思うのは、明らかに人を殺す為に、『一般市民を殺す為』に撃たれたということです。
アメリカがどれだけ酷い国際法違反をしていたかが分かりますね。

日本は国際法を守って負けました。
負けはしましたが魂は穢さなかったのです。
それが良いか悪いかは別にして、日本とはそういう国民が造った国なんですね。

日本にとって、或いは地域にとって大切な事は神社に残されています。
もしも何かの時に真実が知りたいと思ったら、一度神社を見て回ると良いかもしれませんよ。

2017年7月1日土曜日

【神社ブログ】道祖神って今一意味がわかりません 誰かが神になればそれはもう誰々神なんじゃない?

神社を見て回ると色々な神様がいます。
神話の神々をはじめ、天皇陛下や皇族、歴史上の人物、ご先祖様、山や動物などの自然、ありとあらゆるものが崇められております。

でもそんな中で今一分からない神様がいます。
道祖神です。


道祖神って、いったい何なんでしょうか。
道端にある石とか、その場所に対する信仰かと思っていましたが、曽根崎道祖神を見ると、対象がちゃんとお初と徳兵衛と分かりますよね。
訳が分からなくなりました。

調べてみると、道祖神とは『(村境や峠の)道端に石像でよく祭られ、外から来る魔・災いを遮り防いで安全を守る神。』とGoogle先輩の検索をそのまま載せればこんな感じです。
石像に限らず、そのままの石の場合もありますが、つまり石にその場所の安全を祈願するわけですね。

更に調べるとなるほど少し分かりました。
道祖神とは、道祖神という神様ではなくて、どうやら役割の事を指すようなのです。
猿田彦先生と習合したり、妻と合わせて男女一対で習合されたりもしているようです。

その土地を守る守り神として、神様を任命する感じですかね。

古い時代のものは男女一対を表すものであるようですし、お初と徳兵衛はまさに適任だったのでしょう。
曽根崎地区を守る道祖神に二人が任命されたのです。

道祖神とは、決まった神様の名前ではなく、神様の役職です。
でもそう考えると、概ね全ての神社は地域を守る神様がおられるわけですから、道祖神も兼任していると言えますね。
社殿とかなく、あくまで簡単に石や石碑、或いは石像のみで地域の守り神となっているのが道祖神と言えそうです。
お地蔵さんなんかとも習合しているようですし、そう考えるとなんとなく分かりますね。

2017年6月30日金曜日

【神社ブログ】ある神社では子供達が参拝に訪れ『参道の真ん中は歩いちゃダメなんだよ~』と言っていました

子供達でも知っています。
参道の真ん中は歩いてはいけないと‥‥
まあ色々話はありますけれどね。
別に真ん中を歩いても良いという話もあります。
これは神社によってですかね。
でも一般的には参道の真ん中は神様の通り道で、参拝者が通ってはいけません。
しかしこれ、どう判断しましょう。{笑}


これは桜の季節、参拝者が沢山いたある日の事でございました。
ズラッと参拝者がお行儀よく並んで順番に参拝しております。
普通ならマナーを守っていて良いはずなんですが、これ参道の真ん中ですよね‥‥{汗}

これで思ったのですが、お賽銭箱とか鈴とか、ちょっと真ん中からずらした方が良いのかもですね。
そしたら参道の端を歩く事になります。
もしくは参道自体を少しずらすとか。
まあこの程度で神様は怒ったりしないと思いますけれどね。
順番に参拝する為ですし、大切なのは人の行いですから。

二つの反する何かの間で選択を迫られた時、優先するのは目の前にある事なのかもしれませんね。

2017年6月29日木曜日

【神社ブログ】この形に意味はあるのか?神社でよく見かける形

何かの形を決める時、当然それにはそれなりの理由があるはずです。
社殿の形には壊れにくいような工夫がされていたり、懸魚なんかは柱の端が表に見えないよう隠す働きがあります。

その懸魚の形にも当然それなりの意味はあるのでしょう。


さてこれは拝殿の中ですが、錦の御旗の手前にあるもの、イカマークを逆さにしたようなのがありますが、これどこかで見た形です。
そうそう、懸魚にこんな形がありました。
神社にあるもの複数に同じ形が使われているとなると、きっと意味がありますよね。
そこで早速調べてみる事にしました。

この形の懸魚、調べてみました。
上下は逆になりますが、この形をした懸魚を『楯懸魚』と言います。

ああ、なるほど、錦の御旗のかかっているのは矛ですよね。
つまり楯と矛が並べてあるという事ですか。
神様をお守りしているのですね。

また一つ謎が解けました。
他にも、神様を守るという意味以外に、いざという時に宮司さんが武器をとって戦えるように備えているのかもしれません。
錦の御旗が矛に付いている事が多く、これは天皇陛下の臣民、日本国民を表すものですから。

神社が地域の守り神になっている事は多いですが、リアルに警察のような役割もあるのかもしれませんね。

2017年6月28日水曜日

【神社ブログ】神社に太鼓があるのはどうして?色々な拝殿で見かけます

太鼓って、何処の神社でも見かけますね。
地車にも太鼓がありますし、お祭りに太鼓はつきものです。
でもどうして太鼓があるのでしょうか。
単純にお祭りを盛り上げる為でしょうか。
それとも鈴のように清めの効果があるのでしょうか。
ちょっと調べてみたいと思います。
ちなみに、全くこの先の展開は考えておりません。
見つからなければそれで終わりです。{笑}



写真がピンボケなのはいつもの事です。{苦笑}
拝殿内ってフラッシュ無しで撮るとぶれるんですよね。

さて太鼓の意味です。
太鼓にも、鈴と同様に『音によるお祓い』の意味があるそうです。
魂を振り起こし魂を再生するのだそうです。

音によって始まりを決め知らせる意味もあるそうです。
何かの始まりのお祝いにも使われるという事でしょうかね。
音は始業チャイムや、スタートのピストル音など、どれも始まりを決めるものとして使われているのは偶然ではないでしょう。
除夜の鐘は終わりと始まりですね。

音は神様の歓迎の意思だという話もあります。
太鼓以外にも笛などの音があるそうです。
でも人が鳴らしているんですけれどね。{汗}
風が吹くと神様の歓迎の意思だという話もあるそうです。

最初からそういう意味があったのかどうかは分かりませんが、太鼓には色々と意味がありそうです。

2017年6月27日火曜日

【神社ブログ】金の御幣の意味 御幣を調べると紙垂を挟んだものなんだけど‥‥

神社を巡るようになって、色々な言葉の意味や物の名前を調べるようになりました。
そこで御幣を調べた時‥‥

そもそもは紙垂を挟んだものだと知りました。

紙垂とは糸の文字の形をした紙ですね。
でも神社の拝殿を見ると、大概の神社は金色の置物が置かれています。


どうして金色の置物になっているのでしょうか。
普通に考えれば、まずは紙よりも管理しやすいというのがあるでしょう。
紙なら毎回付け替えたりしますが、これならずっとこのままでいいですからね。
掃除は大変そうですが‥‥

でも大切な紙垂をそんな理由で置物に変える意味が分かりません。
他にもきっと意味があると思われます。
調べてみると、金色という色には、『光り輝く』という意味があります。
お参りに来る人は、今年が良き年になるように来るわけで、その未来が光り輝くように金色なのだとか。

他にも元々は紙に捧げるものだったのが、今では依代なんて意味もあるからのようです。
此処に神が降りてくるわけですね。
だったらそれは豪華な方がそれらしいという事でしょうか。

他にも疑問があります。
どうしてどこの神社も1つ或いは3つ置かれているのかという所です。
この辺りは前にどこかで意味ありげな言葉を見かけましたが、答えは見つかりませんでした。
まあ3という数字は良い数字ですし、日本は三柱の神によって始まった国ですからそういう意味もあるのかもしれません。

また何か分かれば書きたいと思います。

2017年6月26日月曜日

【神社ブログ】筆塚って何?昔の日本は識字率ナンバーワンだった!

第二次世界大戦の後、GHQは日本に英語を押し付けようとしましたね。
しかし日本では今も日本語がつかわれています。
どうして日本は日本語を守る事ができたのでしょうか。
それは、外国の常識をはるかに上回る識字率があったおかげです。

昔の世界では、文字が読み書きできるってのは特別だったんですね。
しかし日本ではそんな事はあたり前だったのです。
どうして日本は、一般Peopleに至るまで文字が読み書きできたのでしょうか。

その辺り、こういうのを見ればなんとなく分かります。


これは筆塚です。
筆塚とは、筆を供養する為、或いは寺子屋などの先生に感謝する為に作られた碑です。
この筆塚がある大阪天満宮は、学問の神様である菅公先生を祀る神社ですが、菅公先生は字を書く事にも長けていたのでここに筆塚があるそうです。
そこからも分かる通り、頭の良い人は筆の達人でもあるってのが普通だったのですね。

そして日本は、そんな筆を供養する風習があるわけです。
日本がどんな国だったかが見えてきますね。
まず、とても勤勉であるという事です。
一般国民に至るまで、多くの人が勉強をするわけですから、当然文字が読めなければなりません。
識字率も高くなるというものです。

でも、誰でも普通に考えれば勉強したいと思うのではないでしょうか。
それは日本に住んでるからそう思うのです。
平和じゃない国、国民がタダの家畜として扱われていたような国では、民がそんな思いを持つわけがないのです。
目の前の事、生きる事に必死なのですから。
平和だからこそそういう意識が芽生えるのです。
一般国民も含めて、識字率が昔から世界一だった日本だからこそ筆塚なんてものがあり、その存在が世界一平和な国だった事を証明していると言えるかもしれませんね。

2017年6月25日日曜日

【神社ブログ】今思うと『これでいいの?』と感じる 神具って意外と作り方にはこだわっていない?

大阪天満宮には神輿庫があります。


おそらく中の御神輿は天神祭りやなんかで担がれる事になるのでしょう。
御神輿とは神様を移動させる為のもので、小さな神社です。
此処に神様を乗せ、町中を見て回って頂くわけです。

御神輿って、結構重要ですよね。
普段は豪華な本殿におられる神様に乗っていただくわけですから、車で言えばロールスロイスみたいな感じでしょうか。
きっと御神輿を作るとなると、それは特別なものになるのでしょう。

でもここで私は昔の事を思い出しました。
ある家の人が、町内会か何かの流れで、御神輿を作る事を頼まれたのです。
御神輿は大きく大人が担ぐものですが、子供でも担げる小さなものが欲しいとの事でした。
それで私もお手伝いをした(実際はほとんど見ていただけ)のですが、特にただの工作と違いはありませんでした。
出来上がったのも、いかにも手作りしたオモチャといった感じのものだった気がします。

今思うと、『あんなのに神様にお乗りいただいて良かったの?』と思わなくもないですね。{笑}

いやまあ気持ちですし、神様が文句を言ったりはしませんから大丈夫だとは思いますが、神輿庫を見ていてなんとなく思い出したので書きました。

2017年6月24日土曜日

【神社ブログ】神社を見ると昔の日本人が分かる 身長はどれくらいだったの?

神社を巡っていると時々出くわします。
上に渡り廊下があって頭をぶつけないように気を付けなければならない場所に‥‥


ここれは大阪天満宮にある渡り廊下ですが、子供の頃に見た時も思ったような気がします。
大人は頭をぶつけるだろうと。

どうしてこんなに低いんでしょうかね。
おそらく170cmありません。

それで少し昔の人の身長を調べてみる事にしました。

昔の人は身長が低かったと聞いていますが、180cmを超える人もいたと聞きますから、そんなに大きくは違わないでしょう。
そう思っていましたが‥‥

奈良平安時代は男性が160cmを越えてはいましたが、概ね160cm未満です。
明治時代は155cmくらいしかありませんでした。
まさかそんなに低かったのですね。
だったらこの高さで十分だったわけです。

調べてみると社殿が建てられたのが弘化(こうか)2年(1845年)だそうで、日本人の身長が最も低かった時なんですね。
通りで低いわけです。

もしもこの社殿が最近建てられたものだとしたら、こういった低い渡り廊下は無かったでしょう。
こういう所からも年代だとか時代の流れは感じられるのですね。


2017年6月23日金曜日

【神社ブログ】よく知りもしないで使っている言葉ってきっと多いよね!登龍門って成功者のみが通れる狭き困難な道かと思っていました

何気なく使っている言葉があります。

『登龍門』

一流大学への合格は狭き登龍門だとか、この登龍門を通過できたものだけが特別な仕事に就けるだとか。
言っている意味は分かりますが、どうしてそういう言葉なのかあまり考えませんよね。
実際に目で見ると考えないわけにはいきません。



実際に登龍門ってあるんですね。
まああるとは思っていましたけれど、何か武道を究めた者だけが入れる所にある門だとか、そういうのだと思っていました。
或いは究めた者だけがその門をくぐって道場から出てこられるんだと理解していました。

でも違うんですね。

『そこを通り抜ければ必ず出世する』って、逆じゃないですか。

支那の黄河上流で鯉などがその下に集まり多くは登り得ないが登れば龍になる故事に基づいているそうです。
元々は今の意味に近い感じがしますね。

目の前の難関、それが登龍門と言われています。
まあでも、この大阪天満宮の登龍門を通るのも、難関かもしれませんが。{笑}

一度登龍門を通ってみたいですね。

2017年6月22日木曜日

【神社ブログ】大阪天満宮の蛭子遷殿?どうして遷殿があるのか?

今日は大阪天満宮の蛭子遷殿のご紹介です。


この辺り、堀川戎神社のえべっさんが有名で、こちらの蛭子遷殿を知っている人は実は少ないのです。
でも実は大阪天満宮にもえべっさんがおられるのですね。
普段は菅公先生と一緒に、相殿神として祀られております。
でも1月9,10,11日は、蛭児大神は蛭子遷殿にやってこられます。
※遷座は10日?
そして大々的にお祭りが行われるわけです。

でもどうしてこういうやり方をしているのでしょうね。

まず、知らないのも当然で、大々的にお祭りするのは2007年からだそうです。
戦後途絶えていたお祭りが、10年前から復活していたんですね。
だからこの辺りに住んでいる人でも知らないのはあり得ます。

では何故遷殿であり、こちら側に常にお祀りしないのでしょうか。

そもそも蛭児大神をお迎えしたという所が残っているのかもしれませんね。
神社そのものをこちらに移動したのです。
だから遷殿なのです。

まああっちもこっちもとなると管理が大変なのもあるんじゃないでしょうか。{笑}
それに菅公先生も誰かと一緒に暮らす方が寂しくなくていいかもしれません。

そんなわけで、えべっさんの時期以外なら、メインの拝殿でお参りする場合、蛭児大神も一緒にお参りする事ができます。
えべっさんにも会いに行かないとですね。

2017年6月21日水曜日

【神社ブログ】歴史は繰り返す 無駄に繰り返す 鳥居は注連柱が進化したもので間違いなさそう

鳥居とは、注連柱が進化したものだという話があります。
注連柱は聖域とを分けるものであり、鳥居も同じです。
どちらも入口などに置かれ、注連縄が掛けてあります。


これは注連柱です。
でも、鉄パイプが渡してありますね。
これは注連縄が掛けやすいようにしているのでしょうけれど、そのうちきっと思うはずです。
『パイプもしっかり固定して、耐久性を増した方が良くね?』
気が付くと現在の冠木門のような形になるわけです。
更に思うわけです。
『もっと耐久力を上げる為に横木をもう一本増やそう!』
気が付いたら鳥居になるんですね、分かります。

注連柱は神社によって色々な形で注連柱が掛けられています。
柱が二本立っているだけのものから、鉄パイプなど横棒が用意されているものなど様々です。
人間とサルとの間の微妙な動物はいません。
でも鳥居と注連柱との間に当たる状態のものは多々有り、今もまた進化を繰り返しているようです。

気が付くと、今度は鉄パイプが二本通してある鉄パイプ鳥居なんてものができているかもしれません。
もっとオシャレな鳥居が出来上がっている可能性もあります。

歴史を繰り返す中で、あらゆるものは少しずつ進化しているのかもしれませんね。

人間も、何度も旦原点に立ち戻ることで、新たな進化があるような気がしてきました。

2017年6月20日火曜日

【神社ブログ】狛犬が鈴を付けている?理由はあるのでしょうか?

時々、狛犬が鈴を付けている事があるようです。

式内比賣許曾神社の鈴付き狛犬

これは式内比賣許曾神社の狛犬さんですが、鈴を付けていますね。
なんとこの狛犬さんは三つも付けております。
気になったので少し調べてみる事にしました。
どうして鈴を付けているのでしょうか。

調べるとこの神社の狛犬だけでなく、他にも結構いるようです。

鈴は心を清らかにするという役割があります。
その為に付けているのでしょうか。
でも狛犬さん方はそもそも神や天皇を守るものであって、邪悪な心は持っていませんね。

鈴守というものが有り、狛犬を守る為に付いていると考えるとしっくりはきます。
でも売られている鈴守が、狛犬の鈴守だったりと、どっちが先で後か分かりませんね。

伊勢神宮ではそもそも鈴も狛犬もいません。
それはそれらが伝わる以前の伝統を守っているからだという話がありました。
つまり狛犬と鈴に関しては後から付け加えられたものだという事です。
それらが一緒になっているのは、一緒に伝えられたと考えると納得できます。
鈴も狛犬もセットでお守りする為のものなわけです。

支那の影響を受けたという話もあります。
そもそも狛犬自体支那から入ってきたものですから、その影響があるのは当然ですね。
横浜中華街にいる狛犬には鈴が付いているのが多いようです。
それらを渡来系と称している人がおられるようで、やはり鈴付き狛犬は支那系の色が強い狛犬といえるのでしょう。

ただ、どうして支那ではそんな事になったのかは分かりませんでした。{汗}
まあでも普通に、神や天皇を守る為の狛犬、そして狛犬を守る為の鈴でいいのかもしれませんね。

2017年6月19日月曜日

【神社ブログ】宝珠の形をしていると思っていた水器 これは一体なんでしょうか?

神社にはまだまだ分からないものが沢山あります。
それに疑問を持ちはしますが、意識はしない事が多いです。
例えばこれも、疑問を持ちはしましたが、勝手に納得して気にせずにいたものです。


神石の前に置かれている白いもの、これはお供えをする時に水を入れておくものですね。
それはなんとなく理解していました。
形が玉ねぎ型と言いますか、仏教の『宝珠』を形どったものだと勝手に理解していました。
でも今回、どうして蓋を開けてお供えしているのか気になり調べる事で、今まで無意識に納得していたものが間違いであると知りました。

これは、仏教はまるで関係がなく、『神具』なんですね。
別に宝珠の形を真似ているわけではなく、水玉型の水を入れておく容器、『水器』と言うそうです。
てっきりこれは仏教伝来のものだと思っていましたが、これは神道側から生まれたもののようです。
まあ神仏は習合していましたから、『宝珠としても使えるように』なんて思いはあったかもしれませんけれどね。

この白いお供えの際に水を入れる容器は、神道から出てきた水玉を形どった水器です。

さて、色々と新たな知識は得ましたが、今回疑問に思った事はまだ解決していません。
どうして蓋が明けられた状態でお供えされているのでしょうか。
今まで意識して見ていませんでしたが、空いた状態というのは記憶にありません。

調べてみると、朝開けて夕方閉める、或いは参拝する前に開けて終わってから閉めるなど作法としてあるようです。
神様に水を飲んでいただくという意味では、開けるのが当然と言えば当然ですしね。
やり方としては、写真真ん中の水器のような形にするそうです。

今回私は疑問に思えた事で新しい事を知りました。
ネットで調べはしたものの、おそらくネットが無ければ、水器を使う機会には見たままを真似する事ができたでしょう。
でも疑問にも思わなかったら、新しい知識を得る事はできませんでした。

何かに疑問を持つって大切ですよね。
今回はそんな事を思いました。


2017年6月18日日曜日

【神社ブログ】残る神仏習合の跡 日本は何でも日本風に受け入れる

今日はこれについて考えます。


これ、なんでしょうね。
かなりの時間を費やして調べましたが、結局答えは見つかりませんでした。
この鳥居の形をした机というのか台というのか、神社らしくていいですよね。
上に三方が乗っていますから、そこそこ奥行きもありそうです。

さてしかし、調べても答えはなかなかでてきませんね。
頑張って調べると、これに一番似たものとして出てきたのが、『経机』というお経を乗せる机でした。
当然お経ですから仏教です。
それが神社風に形を変えて、今も神社に残っているという事でしょうか。
そもそも神社にはお供え物を乗せる台としては、八足だったり八脚案だったり神饌台だったりがあるわけです。
写真では鳥居の手前にあるヤツですね。
そうではなくこういった豪華なのが使われているのは、仏教の経机の影響を上手く神社に取り入れた結果でしょう。

この辺り、本当の所はわかりません。
まあ正直な所その答えが知りたいのですが、分からない中で想像したり調べ続けるのもまた神社の楽しみ方なのでしょう。
引き続き、これが一体何で、どういった経緯で神社の拝殿にあるのか調べて行こうと思います。

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