2017年4月20日木曜日

【神社ブログ】神社が残す日本の察する文化 神社が無言で伝えようとするものを察しよう!

神社に参拝に行くと、色々なメッセージが伝わってきます。
例えば簡単な所で言えば‥‥


東高津宮を見て心が安らいだ時、私は自然の大切さを感じましたね。

今まで色々と伝えてきていますが、大災害戦争、或いは日本の大切な文化も、神社は無言で我々に訴えかけてきています。
石碑という形では残していますが、だから何かをしようとかそういう話は受け取る側の判断です。

しかし私は少し前まで、神社に行ってそんな事を考えた事がありませんでした。
ただ神社を訪れ、手を洗ってお賽銭を入れて鈴を鳴らしてお願い事をする場所という認識だったからです。
そこから勉強し、少しずつ知識が増えるにつれて見えてくるものも増え、今ではかなり沢山のメッセージを察する事ができるようになりました。

勉強したからこそ大事なメッセージを察する事ができたのです。

それで気が付いたのです。
これって実は日本人の気質であり文化であると。
だから神社が大切にされてきたのだと。

察する文化って日本にはありますよね。
言わなくても分かってくれるとか、空気を読むとか、最近では忖度という言葉が話題になりました。
言いたくない事をハッキリ言わなくても相手が分かってくれるというのは、とても助かる事です。
もちろん良い面ばかりではないですが、相手の事をよりよく考えるという点は美しい文化ではないでしょうか。

ただそんな文化も、最近はかなり失われてきています。
何故失われてきているのかと言えば、それは勉強をしなくなったからですね。
教科書があって、そこに書かれている事に関しては皆勉強はします。
でも、人との付き合いとか、社会に出て上手くやっていく方法とか、相手の気持ちを察する為の知識を増やす事をしなくなったのです。

分かりやすい例で言えば、嫌な上司と上手くやっていくために、上司の好きなプロ野球を見るとかですね。
これだけでは相手の考えを察する事はできないかもしれませんが、あくまで察する為に相手の事を少しでも知るという意味です。
家族であっても相手の事をより多く知り、どうすれば上手くやっていけるのか、今の人は努力しなくなりました。
上手くやっていけないからと自分は何もせず諦めて、それですぐに離婚したり別居したりするのです。
まあ相手のある事ですから、自分だけでなんとかしようとしても難しいですけれどね。

私はまた神社から学んでしまいました。

今の人は日本の美しい察する文化をかなり忘れつつあります。
それは、相手の事を考え、相手の気持ちになって物事を判断する事が無くなってきたという事です。
察する気持ちが無くなれば、神社の残すメッセージは読み取れなくなり、ますます日本人は美しい心を失っていく気がします。
察するには察する為の勉強が必要です。
日本人なら、その辺りの勉強もしっかりやって、みんなが仲良くやって行けるように察し合っていきたいですね。

そんな大切な事を神社は色々と残しています。
神社の事も、みんなもう少し知ると良いかもしれないと思います。

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