2017年4月27日木曜日

【神社ブログ】神社に関する言葉を調べると日本語が楽しい!冠木門の形をした鳥居をなんと呼ぶ?

先ほど、ようやくメインサイト神社施設名称用語辞典が完成しました。
完成と言ってもこれからも新しいものが見つかればその都度増やしていくわけで、何処かのMIXIのようにずっとβ版と言った感じです。

さて、そんな事をしていたらまた、面白い事に気が付きました。
いやいやあたり前の事なんですが、日本語って面白いなって話ですよ。
日本語もそうですが、漢字という文字の良さをとにかく感じます。
平仮名や片仮名もそうですが、漢字は特に文字一つ一つに意味がありますよね。
斎戒沐浴という言葉を調べていたら、それぞれの文字の意味が合わさってできた四字熟語である事が分かりました。

つまり何が言いたいかというと日本語は適当に言葉を作っても意味が通じるという事です。

そこで今日考えたいのが冠木門です。


冠木門(かぶきもん)とは、写真のような門の事です。{笑}
鳥居のようですが少し違って、二本の柱に貫だけがある形をしていて屋根の無い門ですね。
鳥居は門の一種ですが、いくつかの違いがあります。
見た目で言えば、横木(笠木や島木)の有る無しもあれば、塀に繋がっているかどうかもありますし、或いは門扉があるかどうかもあります。
塀に繋がっていても鳥居は鳥居と言われますけれどね。
概ね門扉の有る無しで門と鳥居は区別できそうです。

では、塀には繋がっておらず、門扉も無い冠木門は、なんといえばいいのでしょうか。

ほとんど鳥居に近いわけですよね。
ちなみに某神社では、塀に繋がっている神明鳥居のようなものを、冠木鳥居形と称しているそうです。
これは元々冠木門の形が今と違っていたからだという話を聞きましたが、今だと意味が通じなくなりますね。

話は戻って冠木門の形をした鳥居はなんといえばいいのでしょうか。
冠木鳥居ですかね?
鳥居は元々注連柱から進化していったものだと言われています。
二本の柱に注連縄ではなく横柱(貫)を付けた、神聖な地を分ける為の門だと考えれば、これも鳥居となるわけです。

注連柱>冠木鳥居?>神明鳥居>明神鳥居という流れですね。

注連柱は門ではなく聖域の入り口を示すものです。
それ以降は聖域の入り口を示す門ですから鳥居です。
門扉が付けば門、無ければ鳥居と考えれば、明らかに柱と貫だけのものでも鳥居なのです。
そしてそれが聖域を分ける為のものであればなおさらです。
門は別に聖域を分ける為のものとは限りませんからね。

冠木鳥居で検索すれば、それなりに目的の写真がヒットします。
そんな言葉は無くても、それで検索できてしまう辺り、日本語って優秀じゃないでしょうか。
英語だとどうなるんでしょうね。
どういう言葉を入れたらこの冠木門の形をした鳥居がヒットするのでしょうか。

『冠木門の形をした鳥居』なんて書き方をすればヒットしますから、まあ検索できないなんて事はなさそうです。
日本語なら尚且つ、適当な名詞を作って検索しても引っかかる優秀さがありますね。

更に色々と調べると、釘貫鳥居でも結構検索にヒットしますね。
昔の釘貫門の形がこの形だからですが、もう色々と名前が作れそうです。

最後に、この冠木門の形をした門扉の無い聖域を分けるものがあったらなんと呼ぶかですが‥‥
間違いではない呼び方としては、そのまま『冠木門』が正しいと思います。
ただし、門扉も無くて聖域も分けちゃうわけですから、冠木鳥居と言えば誰も違和感なく受け入れられるのでしょうね。

2017年4月26日水曜日

【神社ブログ】『オススメ』一度は行って見ておきたい東成区中道八阪神社の鳥居

今日はオススメ神社を紹介します。
行くなら今です。
今が旬です。

えっと、オススメしたいものは今でなくても見れますから安心してください。
ただ、今だと藤の花も綺麗に咲いていますから、より楽しめるでしょう。
何が楽しいかって、クマンバチさんがいっぱい飛んでます。{汗}
もうどこにいても『ブーン』という音が聞こえてきて怖いです。

でも安心してください。
クマンバチさんはかなり穏やかな蜂さんなので、巣に近づいたりしない限りまず刺してくる事はありません。
それに刺すのは雌だけだそうで、ガンガン飛んでるのは雄が多いそうです。
仮に刺されても、毒はそんなに強くないそうです。

一応言っておきますが、藤の花はクマンバチさんの好物なのです。
奴らが独占している花なのです。
だからこの時期はクマンバチさんが集まるようです。

さて本題です。
この神社のオススメは鳥居です。
何が見どころかと言えば、ちょっと変な所です。
見ればまあすぐに分かります。

東成区中道の八阪神社の境内神社松本稲荷大神の鳥居

これは境内神社の松本稲荷大神の最初の鳥居です。
横幅広すぎです。{汗}
その後に続く鳥居と比べると一目瞭然。
後ろの鳥居達の幅が普通より狭いと言いますか、足が長い気もしますが、まあそれでも横幅が広いです。
そう感じるのは柱の細さもありますよね。
いい具合に洗濯物が干せそうです。
もう物干し台に近いです。

おっとそこでひらめきました。
鳥居型物干し台を売れば売れるのではないでしょうか。
なんか罰当たりな気もしますが、下の横柱(貫)に白い靴下を2組4足つり下げたら、なんとなく紙垂みたいになります。

うん、やっぱりオススメはクマンバチさんにしておきますか。
お近くの方は是非参拝に伺ってクマンバチさんと戯れてください。

ちなみに物干し台で検索したら、鳥居っぽいのがいくつかありますね。
まあこれくらいが限界なのでしょう。
罰が当たりますよね。

2017年4月25日火曜日

【神社ブログ】神社の拝殿や祠にはどうして鏡が置かれているのだろう?神鏡は神の依代?或いは神そのもの?他には?

神社を巡っていると、気になる事はいくつもあります。
今日はその中の一つ、神鏡の話です。

神社にいくとよく見かけるのが、拝殿、或いは祠内にある鏡ですね。
調べるとどうやら神鏡というそうです。


役割としては神の依代だったり、鏡そのものが神として扱われており、だから拝殿や祠の中にあるわけです。
他にも、鏡の向こうに神の世界があり、そこに神がいるからという風にも考えられています。

まあそれで大体納得もできるわけですが、昔の人が神社に鏡を置いた理由はどうやらそれだけではなかったようですね。

神鏡に自分の姿を映し、自分を見つめなおす為だという考えもあったそうです。
武士は戦いの前に神社を訪れ、鏡に自分の姿を映し、勝利祈願すると同時に『自分の行いは本当に正しいのか』自分に問うてから出陣したのです。

多くの神社で見かける鏡にはそんな意味もあったのですね。
私もこれからは鏡を見て、自分の行いについて考えたいと思います。

2017年4月24日月曜日

【神社ブログ】日本人知恵の戦い!日本の文化である神社を守る為に!

昨日この話は既に狛犬報道室でも取り上げているので、そちらを読んでくれている人にとっては似た話となります。

神社というのは、日本の文化そのものであるというのは以前から話している通りです。
だからこそ明治時代、神仏分離令が出たり、近代社格制度をつくって神社を管理保護できるようにしたんでんすよね。

しかしそんな神社も、戦争に負けた後はGHQによって国家と切り離されてしまいました。

神仏分離がどうだったか、それ以前に神仏習合がどうだったか、近代社格制度がどうだったか、そしてGHQ切り離しについてどうだったかは、皆さん色々な意見があるでしょう。
私も正直、どれも一概には言えないと思っています。
良かった面もあれば悪かった面もありました。
ただ現在の状況を考えれば、心の部分ではある程度失ったものを取り戻せる可能性がありますし、それができれば結果良かったと判断できると思うのです。

そう感じる事ができた理由にこちらがあります。



上の写真は大阪府が指定している天然記念物の銀杏で、下の写真は大阪市が保存樹に指定してる楠です。
これらどちらも神社にあったもので、こういう木は色々な神社で見る事ができます。

こういう行政によって保護されている木、公園や町中で見た事があるでしょうか。

私の家の近所の公園には、それなりに謂れのある木があり守られていますが、こういう指定はされていません。
なのに神社の木は、私の知るその木よりも小さかったりしますし、明らかに優先的に指定されている気がします。
どうしてだろうと考えた時、普通に答えを出せば神社にあるからですよね。
では何故神社にある木は優先的に指定されているのでしょうか。

例えば公園の木なら、そんな指定をしなくても行政の力で守る事ができます。
しかし神社のは私有地にある木ですよね。
まずはそういう事でしょう。
ただよっぽどで有れば当然天然記念物なりに指定して守るのでしょうけれど、他と大して変わらない大きさでも保存樹などに指定されているのには、他にも理由があると思うのです。

理由は二つです。
一つは御神木だからという理由です。
でも政教分離で日本政府と神社は切り離されてしまいました。
だからそういう理由が有ったとしても、それだけで保存樹に指定して行政によって守る事はできないはずです。
そこでまあもう一つの理由、『重要な木である』とか『自然を大切に』だとか言って保存樹に指定し、そこに金を流しているわけです。

これが一体どういう事かと考えたら、つまりGHQによって切り離された神社を、近代社格制度とは別の方法で国家とつなぎ合わせているわけです。

神道の精神とは、結ぶ(繋ぐ)事だと誰かが言っていました。
まさにその通り、日本は神道の精神で神社を国家と結んで(繋いで)いるのですね。
そして誰にも文句を言われない方法で、コッソリ静かに神社を守っているのです。

私はこの状況を見て、国はちゃんと神社を、文化を大切にしていると悟りました。
そして日本人の知恵の凄さや結束力を感じました。
また神社を見て回っていて日本人を知る事ができた気がします。

神社は日本人の心です。
これからもしっかりと国民とつなぎ合わせて守っていってもらいたいですね。

2017年4月22日土曜日

【神社ブログ】稲荷神社の眷属である白狐はどうして檻に入れられているの?

稲荷神社と言えば、多くの神社に摂末社が置かれており、一番多い神社として有名です。
稲荷神社が多い理由としては以前どこかで書いた事もありますが、願いが叶った時に鳥居を奉納する風習があり、特別な神社で、有った方が良いからだと私は考えています。

そんな稲荷神社と言えば、狛犬ではなく眷属の白狐がいる事で有名ですね。
お稲荷さんと言えば狐が連想されるはずです。
稲荷神社の両脇に阿吽の白狐がだいたいいます。
とはいえ白狐は、狛犬とは役割が違います。
狛犬は守護獣としての役割を持っていますが、白狐はただの使いです。
決して聖域を守るのが仕事というわけではないのです。
それでも今では稲荷神社の象徴的な役割も担っています。

さてその白狐ですが、よくこんな姿を見た事がないでしょうか。


檻に入れられている白狐を私はかなりの数見てきました。
どうしてだろうかと考えた時、最初に思ったのが保護の為ですね。
神社でイタズラする人がいる、或いは子供が遊んでいて壊してしまう事があるからだと考えていました。
でもそれだと白狐だけでなく、狛犬やお地蔵さんなんかも檻に入っているはずですよね。
しかしそんな光景は一度も見た事がありません。
となると別に理由があると考えられます。

ズバリ私は白狐が悪さするからだと考えています。
獣は獣として扱うとどこかで見た記憶がありますし、先に書いたように白狐は守護獣ではありません。
ただ神様の使いとして、今では稲荷神社の象徴的な役割を担っているだけです。
つまりそこにいればいいだけなのです。
でも狐ですから、そうそうおとなしくはしていないでしょう。
そこでイタズラや悪さをするようになったのではないでしょうか。

いやいや、流石に神に仕える眷属の白狐です。
そんな事はしないはずですよね。
でも下等な狐には悪い話も多くあります。
化けてイタズラをしたり、狐付きという事もあります。
金と銀の狐は悪さをするという話もあります。

つまり簡単な事です。
いくらおとなしく賢い犬でも、やはりリードに繋いでおかないと怖がる人はいますよね。
『犬の散歩はリードを繋いでおきましょう』なんて言われますが、その犬はそんなに悪い事をするのでしょうか。
どれだけ賢い犬でもジャレて服を汚してしまったり、まあ犬が嫌いな人から見れば怖いでしょう。
私も大きな犬がリードに繋がれずいたら、とにかく離れようとします。{笑}
いくら人を襲わない犬でも、服を汚されたりしたらかないませんから。

おそらく稲荷神社の白狐が檻に入っている一番の理由は、参拝者を安心させる為なのではないでしょうか。

他にも色々と思う所はありますけれどね。
魔除けの柵で囲われている稲荷神社って多いですよね。
あれは外部からの魔除けであると同時に、白狐が外に出られないように柵をしてあるのかもしれません。
或いは首に注連縄などしてある白狐もいます。
首輪のようなものですね。
そう考えるとやはりイタズラや悪さをするのではないかと思ってしまいます。
本人にその気が無くても、他人にとっては不愉快な行為ってのもありますから。

そんなわけで、私の結論としては、白狐の思惑は関係なく人に迷惑をかける可能性があるので、行動を制限する為に檻に入っているとします。
本当の所は調べても分かりませんが、きっとそんなところでしょう。

2017年4月21日金曜日

【神社ブログ】としまいり石とは何か?東高津宮で年参りの方法が分かりました!

東高津宮に参拝に行った時、『としまいり石』というのを発見しました。
初めて見るものでしたが、東高津宮ではしっかりと案内板が置かれ説明してくれていたので助かりましたね。

まず、としまいり石とは、年参りをする為に必要な石の事です。

としまいり石

お百度参りする為に百度石が置かれているのと同じ理由ですね。
お百度参りは百回お参りする事ですが、年参りとは年の数だけお参りをする事のようです。
ただし、この東高津宮では年配者に配慮してか、場合によっては十の位を除いた分だけお参りをすればいい事になっています。

一桁の位がゼロの時はどうすればいいのかは知りません。{笑}
その時は10回、或いは年の数だけお参りする事になりそうです。

そのやり方は写真の中の案内板に書かれている通りですが簡単に説明しますと‥‥

基本的には、まず拝殿前に行き、そこに置かれている『かぞえ棒』なるものを年の数だけ持ってスタートします。
としまいり石を回ってから拝殿前に戻ってきて、その時かぞえ棒を納めて祈願します。
それを数え棒が無くなるまで繰り返します。
お百度参りの場合は『小石』などを『百個』持ったりしてスタートし『百度石』を回りますが、それが『数え棒』を『年の数』持ってスタートし『としまわり石』を回るのが年参りとなります。
お百度参りの場合、数を数える石は百度石の方に置きますが、年参りの場合は数え棒を納めてゆくという違いもありますね。

そしてこの東高津宮では、他にも少しルールがあるようです。
幼児の場合は、年の数だけかぞえ棒を持っていれば1回のお参りで良さそうにも読み取れますね。
普通は『成功出世』『商売繁盛』『入試合格』と祈願内容がある程度決まっていて、通常通り年参りします。
年配者は『三つの健康(頭・心・体の健康)』と『幸せ』を祈願し、年の一桁の位の数だけかぞえ棒を持ってその数だけ参拝すれば良いようです。

おそらくほとんどの人の場合、お百度参りよりは楽になるのではないでしょうか。
もしも神社に行ってとしまいり石をみつけたら、年参りしてみてください。

【神社ブログ】神社巡りをしていて気が付いた事 日本人はとにかく子供を大切にする

神社巡りをしていると、色々な事に気づかされます。
その中でホッとするのが、とにかく子供が大切にされているなと感じる所です。

神社とは少し話が離れますが、町を歩き回っているとよく見つかるのが『地蔵尊』です。

仲之町子守地蔵尊

主に延命地蔵尊が多いのですが、他にも子守地蔵尊など子供の安全の為の願いが込められたものがほとんどです。
地蔵尊はこうした何気ない住宅街の中にある事も多いのですが、公園や保育園など子供の集まる所で見かける事もかなりあります。

そして地蔵尊だけではなく、当然神社も公園の中や子供が集まる学校の近くにある事が多いですね。
今まで神社を色々撮ってきましたが、一緒に幼稚園や保育園が写っている写真も何枚か有ったと思います。

福島天満宮拝殿

これは福島天満宮の拝殿奥に幼稚園だか保育園だかが写っているものです。
神社巡り中に近くに保育園があった事も何度かありました。

このように大阪の町では、子供の集まる所の近くに地蔵尊が置かれ、神社の隣に子供が集まる施設が造られている気がします。
それはきっとそれだけ子供を大切に思う気持ちがあるからですよね。
神頼みをして少しでも子供の安全が確保さるのならという願いを感じます。

ただまあ最近は過保護すぎると思う事も多々ありますけれどね。{笑}
子供は意外と多少危険な事をして怪我をしてもなんとかなるものです。
私も子供の頃はよく怪我をしました。
それでなんともなかったのは、神様が守ってくれていたのかもしれませんけれどね。

そんなわけで、この子供を大切にする文化は守っていきたいと思いました。

2017年4月20日木曜日

【神社ブログ】神社が残す日本の察する文化 神社が無言で伝えようとするものを察しよう!

神社に参拝に行くと、色々なメッセージが伝わってきます。
例えば簡単な所で言えば‥‥


東高津宮を見て心が安らいだ時、私は自然の大切さを感じましたね。

今まで色々と伝えてきていますが、大災害戦争、或いは日本の大切な文化も、神社は無言で我々に訴えかけてきています。
石碑という形では残していますが、だから何かをしようとかそういう話は受け取る側の判断です。

しかし私は少し前まで、神社に行ってそんな事を考えた事がありませんでした。
ただ神社を訪れ、手を洗ってお賽銭を入れて鈴を鳴らしてお願い事をする場所という認識だったからです。
そこから勉強し、少しずつ知識が増えるにつれて見えてくるものも増え、今ではかなり沢山のメッセージを察する事ができるようになりました。

勉強したからこそ大事なメッセージを察する事ができたのです。

それで気が付いたのです。
これって実は日本人の気質であり文化であると。
だから神社が大切にされてきたのだと。

察する文化って日本にはありますよね。
言わなくても分かってくれるとか、空気を読むとか、最近では忖度という言葉が話題になりました。
言いたくない事をハッキリ言わなくても相手が分かってくれるというのは、とても助かる事です。
もちろん良い面ばかりではないですが、相手の事をよりよく考えるという点は美しい文化ではないでしょうか。

ただそんな文化も、最近はかなり失われてきています。
何故失われてきているのかと言えば、それは勉強をしなくなったからですね。
教科書があって、そこに書かれている事に関しては皆勉強はします。
でも、人との付き合いとか、社会に出て上手くやっていく方法とか、相手の気持ちを察する為の知識を増やす事をしなくなったのです。

分かりやすい例で言えば、嫌な上司と上手くやっていくために、上司の好きなプロ野球を見るとかですね。
これだけでは相手の考えを察する事はできないかもしれませんが、あくまで察する為に相手の事を少しでも知るという意味です。
家族であっても相手の事をより多く知り、どうすれば上手くやっていけるのか、今の人は努力しなくなりました。
上手くやっていけないからと自分は何もせず諦めて、それですぐに離婚したり別居したりするのです。
まあ相手のある事ですから、自分だけでなんとかしようとしても難しいですけれどね。

私はまた神社から学んでしまいました。

今の人は日本の美しい察する文化をかなり忘れつつあります。
それは、相手の事を考え、相手の気持ちになって物事を判断する事が無くなってきたという事です。
察する気持ちが無くなれば、神社の残すメッセージは読み取れなくなり、ますます日本人は美しい心を失っていく気がします。
察するには察する為の勉強が必要です。
日本人なら、その辺りの勉強もしっかりやって、みんなが仲良くやって行けるように察し合っていきたいですね。

そんな大切な事を神社は色々と残しています。
神社の事も、みんなもう少し知ると良いかもしれないと思います。

2017年4月19日水曜日

【神社ブログ】社号がカタカナのサムハラ神社の指輪が欲しい!でもいくら?

最初にこの神社を地図上で確認した時、『えっ?神社名がカタカナ?』と疑問に思いました。
もしかしたら別の宗教が混じった胡散臭い神社なのではないかとも思いました。{苦笑}

でもそんな事はありません。
ちゃんと漢字‥‥ではなく『神字』なのだそうですが、文字があります。


これは鳥居の扁額に書かれた社号です。
サムハラのサとハが同じ字ですが、それで良いようです。

4文字全てが『てへん』で、1文字目と3文字目は旁(つくり)が上に『合』下に『辛』、2文字目は旁が『台』の点の部分が無いもの、4文字目は『包』の『己』が『巳』で、下に『口』と書かれたものです。

古くから日本で信仰されている神様の名だそうで、加藤清正も愛刀にこの文字を刻んでいたそうです。
延命長寿、無病息災の呪文としても使われているとか。

これだけ聞くととにかく凄い神社に感じてくるわけでして、また行こうと思うわけですが、他にもこの神社には売りがあるようです。
それが『指輪』なんですね。
ネットの情報では『3000円』となっていましたが、ハッキリ言って『安!』って思ってしまいましたね。
それは飛ぶように売れるわけです。
一つ一つ手作りですよ。
サムハラの文字が刻まれているのですよ。

ただし、手に入れるのはかなり難しいとの事です。
とにかく手作りで数が少なく、入荷してもすぐに売り切れるのだそうです。

一応入荷日は7日、20日の前後だそうですが、かなり欲しいです。
そのうち日にちを合わせて参拝に伺ってみますかね。

2017年4月18日火曜日

【神社ブログ】稲荷神社にのぼり旗(神社幟)が多い理由は?鳥居が多い理由と同じだった!

伏見稲荷神社の千本鳥居と言えば有名ですね。
鳥居が連なる光景は、誰もがどこかで一度は見た事があるのではないでしょうか。

でもどうしてそんなに鳥居が連なっているのでしょうか。
神社の趣味で?或いは観光の売りとしてたてられたのでしょうか。
それだけの鳥居が集まる理由は、実はしっかりとあります。
それはその神社の御利益に感謝した方々が、神様へのお礼として鳥居を奉納しているのです。

そもそもはそういう理由で鳥居の奉納が始まりました。
しかし今では奉納したいが為に、お願い事を自ら頑張って叶えて奉納するという流れができています。
自ら頑張るわけですから、願い事が叶う可能性も高まり、更に奉納される鳥居が増えるという好循環が生まれています。

さてそんな稲荷神社ですが、『のぼり旗』が多い事にも気が付きました。


これには一体どういう理由があるのでしょうか。
考えたら簡単な話でしたね。
これも鳥居と同じく、神社へ奉納されたものなのです。
ただこの写真からも分かるように、願主という部分にそれぞれ名前が書かれています。
つまりお願いをこれから叶えてもらえるように奉納されたものなんですね。

のぼり旗が掲揚される理由としては他にもあります。
お祭りや社殿の補修改築などに寄付した場合も、その人の名前の入ったのぼり旗が掲揚される場合があるのです。

でもどうして稲荷神社だけこういう風習が生まれたのでしょうか。
それは、神様が商売繁盛五穀豊穣の神様で、願いが叶えばお金が儲かるからです。
願いが叶えば、その一部をマージンとしてお礼をするのは当然ですね。
今でも、儲かれば儲けさせてくれた人にマージンを還元する風習というのはあります。
日本のそういう文化は、稲荷神社のこういった風習から来たのかもしれません。
どちらが先かは分かりませんけれどね。

ただそれらの理由には納得できますが、そもそも何故稲荷神社だけなのかは気になります。
戎神社も商売繁盛の神様ですし、他の神様の御利益によっても儲かる事はあるでしょう。

これは源頼朝が平家に勝利した後、佐助稲荷神社の社殿を『お礼として建てた』事が慣例化し、今も鳥居やのぼり旗を『お礼として奉納する』風習として続いているようです。
みんな成功した人のマネはしたくなるものですよね。
成功した源頼朝を見て、稲荷神社に貢献する事が格好いいという認識になったのでしょう。

そんなわけで、稲荷神社は日本で一番多い神社となりました。
稲荷神社に貢献したいと思う人が増えれば、それは数も増えるわけです。
やはり神社は、人々の支えあってのものですからね。
だからどの神社に行っても、稲荷神社が境内神社として置かれているんです。
神社って調べると色々面白いですよ。

2017年4月17日月曜日

【神社ブログ】『オススメ』姫嶋神社は少し変わっている!シブい鳥居と拝殿!

今回オススメする神社は姫嶋神社です。

オススメするとなると、他とは違うという部分が重要になってきます。
ごく普通の神社が駄目なわけではありませんが、普通の神社をオススメするなら何処も素晴らしいって事になってしまいますからね。

それで姫嶋神社ですが、この神社が他とは違うと感じる所は色々ありました。
例えば境内神社にお稲荷さんのような楠社があったり、御幕の紋章もちょっと違うのかなって感じました。
その中で特に他とは違うと感じたのは二カ所です。

まずは表門の鳥居ですね。

姫嶋神社の鳥居

こんなに笠木が反っている鳥居は他ではあまり見ません。
しかも笠木の半分が銅製で、おそらく2枚重ねなのではないでしょうか。
上に薄めの銅製の笠木のあるものはいくつか見ましたが、厚さが同じですからこれは珍しい気がします。

続いて凄いのは拝殿と本殿です。

姫嶋神社の拝殿

この拝殿、何処か違和感を覚えませんか。
ようく見ると、向拝だけが瓦ではなく銅葺きの屋根なんですね。
これは変わっていると思います。
更に‥‥

姫嶋神社の本殿

本殿も銅葺きの屋根なんですね。
拝殿、幣殿が瓦屋根で、本殿と向拝が銅葺きの屋根って、どういう風に建てられたのか気になります。
本殿と拝殿の壁の木の色から、本殿の方が年季が入っていそうですね。
瓦の建物部分は、後から補修改築されたのかもしれません。

姫嶋神社は他にも見どころがありますし、オススメできる神社です。
是非この変わった神社に参拝に行ってみてください。

2017年4月16日日曜日

【神社ブログ】日本人の感謝する文化が神道を生み神社を創った

日本中どこに行ってもそこにある神社ですが、どうして神社は何処にでもあるのでしょうか。

そもそも神社は、神道という宗教の氏社です。
その土地でお祀りする神様の安置する社です。
では神道とはなんでしょうか。

今では一つの宗教として語られる神道ですが、なんとなく違和感を覚える方は多いと思います。
それはそうです。
神道は日本人にとって、他の宗教とは全く違いますからね。
普通の宗教というのは、教えが有ってそれを受け入れる形で宗教に携わっていきます。
しかし神道は、日本人の文化や考え方をそのまま反映したものだからです。

人々は仲良く暮らしましょう。
そして自然の恵みを神とし、神を大切にする事で神からの恵みがより得られるという考えを日本人は持っています。
子々孫々大切にしてきた土地を受け継ぎ、そこには更にご先祖様に感謝するという考えも生まれてきます。


この写真は稲荷神社の神紋ですが、稲の絵ですね。
ご先祖様から受け継いだ田畑に対して感謝し、その土地を更に大切に育て豊作を願い、また子から孫へと受け継ぐのが日本の文化です。
日本人というのは伝えられた土地を大切にし感謝するのです。

そんな日本人の心や文化を形にしたものが神社と言えるでしょう。
神社を建てお参りをし、お祭りをして感謝の気持ちを盛大に神に伝えるのです。
そしてまた来年も再来年も、千代に八千代に伝えていくという約束をするのです。

神社の数は、日本人がどれだけ国を郷土を大切にしてきたかの証でもあります。

日本には文明が古くからありました。
世界4大文明なんて学校では教えられますが、文明のあった所は別にそこだけではありません。
日本にもしっかりと文明があったのです。
そんな文明のあった場所を現在の地図で確認すると、そのほとんどが砂漠化しています。
理由はなんでしょうか。
人々がその土地を食い荒らしてしまった跡に他なりません。
しかし日本では、土地を愛し大切にする文化があったからこそ、今もほとんどの土地が木々生い茂る山のまま残っているのです。

日本人にとって山や木は神が宿るとして崇められていますね。
そこから多くの恵みを受けてきたからこそ、我々はそれに感謝しているに過ぎないのです。
砂漠化した場所では感謝せず、新たな土地に移り住んだという事でしょう。

神社では大きく分けて3種類の神様が祀られています。
まずは神話に出てくる神々ですね。
恵みある日本をくれてありがとうという気持ちです。
2つ目はご先祖様です。
素晴らしい土地を代々受け継いできてくれた事に感謝です。
そして3つ目は自然そのものです。
その土地を崇め、水を崇め、木を崇め、山を崇め、そして太陽を崇める。
神社とは日本人の感謝の気持ちを表す為の場所なのです。

だから教典のようなものはありません。
そもそも必要無いのです。
日本人の気持ちは、親から子へ、子から孫へ受け継がれているのですから。
そしてこの自然豊かな美しい日本そのものがそれを伝えているのですから。

神道を宗教と考えると本当に違和感を覚えますね。
みんな仲良く自然を大切にして恵みに感謝していきましょうねって、それだけの事ですから。
まあ多少作法とか決まり事もあるにはありますけれど、こんなものは最低限の礼ですし、時代と共に変わっても問題ありません。
神社に参拝に行って、手水舎で手を清めなかったら罰が当たるとかって話もないですからね。
現代人は普段から手を清潔に保つように心がけていますから、あくまで気持ちです。
鳥居前で礼をしなければ殴られるとかって事もあり得ません。
挨拶をするかしないかの問題です。

神道とは、日本人の心や文化をそのまま表したものであり、感謝の気持ちを形に表す為に創られたのが神社です。
良い事が有ったら、是非神社を訪れて誰かに感謝の気持ちを伝えられたらと思います。

そうそう、最近国家とか国の為だなんて言うとおかしな人扱いされますが、それは国というものの意味を理解していないからでしょう。
ご先祖様が育て受け継いできた土地を、まとめてみんなで一緒に守って行こうというのが国です。
郷土に愛着の無い人なら国家を軽視もできますが、ご先祖様に感謝している日本人は国を捨てる事はできません。
ちなみに郷土の事を小さい意味で国と言いますよね。
福島の原発事故の時、住めなければ別の所に住めばいいと思った方もおられると思いますが、日本人だからこそご先祖様から受け継いだ土地をなかなか捨てられないのです。
日本が戦争で攻撃された時、難民となって別の国に逃げた人がどれだけいたでしょうか。
これが日本人であり、神社はそんな日本人の心が生んだものだという事が伝われば幸いです。

最後に簡単に、日本人が神社を創るまでの流れを書いておきます。

例えば良い結婚相手と巡り合えました。
誰かにこの嬉しい気持ちと感謝を伝えたいのですが、誰に言っていいのか分かりません。
そこで出した結論が、この地があったから巡り合えたと思うわけです。
だからその地に感謝の気持ちを伝えたいのですが、どの辺りに気持ちを伝えればいいのか分かりません。
そこでその地の象徴である、木や岩に感謝する事を思いつきます。
それが広まり、みんなが木や岩に感謝を始めます。
するともっとみんなで何かできないかと考え始め、お供え物をしたり、飾ったりするようになります。
盛大に祝い感謝の気持ちを伝える事も始めます。
だんだん木や岩に親近感を持ち始め、神として崇め始めます。
野ざらしにしておくのもおかしいと感じ始め、注連縄をしたり人と同じように建物の中に収める事もします。
小さな祠から始まり、徐々にその規模は大きくなり、後に社殿となって神社ができあがりましたとさ。

2017年4月15日土曜日

【神社ブログ】阪神淡路大震災を忘れない!神社が残す歴史という名の記憶!

神社は、その時代その時代にあった大きな出来事を記憶しておく場所でもあります。
中でも国家を揺るがす、或いは命運を左右する大きな出来事は、必ずと言っていいほど多くの神社に記録されています。

以前ご紹介した日露戦争の石碑もそうですね。
記事を書いた後も次々と色々な神社で見かける事になりました。
神社は日本の歴史を記憶してゆくのです。

そして関西で最近にあった最も大きな出来事と言えば、阪神淡路大震災ですね。
この震災は多くの人の命を奪うと同時に、色々なものを破壊しました。
関西にある多くの神社も被害にあったようです。
そんな爪痕を、やはりしっかりと残していくのも神社なんですね。

豊臣秀頼奉納の鳥居

これは玉造稲荷神社にある上半分しかない鳥居です。
どうしてこんな鳥居がここにあるのでしょうか。
調べてみると、阪神淡路大震災の時に壊れてしまったとの事です。
それをこうしてこんな形で残す事により、この地で起こった大震災を記憶しているのです。
毎年この神社を訪れる近隣の人は、その度に震災を思い出して、いつかまた来るであろう震災に備える事ができるのです。

堀川戎の福興戎像

堀川戎神社にある福興戎像も、また阪神淡路大震災を記憶する為のものです。
震災で倒れた鳥居の石から作られています。
名前も『ふっこう(福興)』戎像なんですね。
漢字は違いますが、これは二つの意味を兼ね備えるという日本の文化によるものです。
以前ブログでお話しましたが、日本では二つ以上の意味を一つの言葉に持たせる文化があります。

こうして、関西の神社では阪神淡路大震災を忘れないようにしてくれています。
もちろんこのような形ではなく、あの震災に関する石碑がある神社は沢山あります。

未来の為に、忘れてはいけないものがあります。
東日本大震災の津波も、実は先人方がアドバイスを石碑に残してくれていました。
ここまで波が来たと書いてあったのです。
でも今の人々は忘れていました。
もしもあの石碑が多くの神社に残されていたら、祭りのたびに思い出すような何かをしていたら、被害はもう少し減らす事ができたかもしれません。

ただ、とは言っても少し前の私のように、神社の重要性に気が付いていなければ意味はないのかもしれませんけれどね。

だから皆様に伝えたいのです。
神社は歴史上重要な出来事を記憶しています。
時々は足を運んで、少し時の流れを振り返る時間を作ってみてはどうでしょうか。
神社に行けば、忘れてはいけない忘れた何かが見つかるかもしれませんよ。

2017年4月14日金曜日

【神社ブログ】廃止された近代社格制度 GHQが行った日本の国体解体 

神社を見て回っていると、気になる社号標を見つけました。
そこにはこう書かれていました。

『府社難波神社』

府社難波神社社号標

実は明治の頃から第二次世界大戦の終わりまで、日本には近代社格制度というのがありました。
神社を政府の管轄下に置き、保証や支援を行っていたのです。
当然と言えば当然で、神社は日本の国体に直結する施設と言えますからね。

そんな神社も今では写真のように、府社という言葉が白く塗りつぶされています。
近代社格制度はなくなったんですね。
どうしてなくなったのかは簡単です。
戦後GHQが日本の国体を壊してしまおうと目論み、基礎である神社と政府を分けてしまおうと考えたのです。

『神道指令』というやつですね。

国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件

政教分離と言えば良さそうに聞こえますが、まあ神道とは日本の国体そのものですから、これによりかなり失われたものも大きいですよ。
逆に良かった部分というのも私は有ったとは思いますけれどね。
ただ、失ったものの方が大きかった気がします。

今更また神道を国家の宗教に戻せとか、神社を政府の管轄下にした方が良いとは思いません。
だけどそこまでするくらい重要なものであったという事だけは、今を生きる我々も理解しておく必要があるのではないでしょうか。

神道から学べる大切なもの。
GHQが日本から奪いたかったものは何か。
神社を巡っていると分かる気がしますね。

2017年4月13日木曜日

【神社ブログ】神紋が今明らかにする事実!ずっとこの辺りで暮らしていて知らなかった!

大阪天満宮のすぐ近くにある亀の池と言えば、おそらくこの辺りに住んでいて天神祭りに毎年行くような人ならおそらく知っていると思います。
私も子供の頃は何度も亀の池に来てザリガニ釣りを楽しみました。
糸の先に20円で買ってきたスルメを付けてましたね。
スルメがそんなに安く買えるわけがないという理由で、食用蛙ではないかという噂もありましたが、本当の所は知りません。
※食用蛙の方が高そう。

さて話が脱線してしまいましたが、そんな亀の池の話です。
私はずっと亀の池は亀の池であり、大阪天満宮とはなんら関係がないと思っていました。
いやむしろ、ここが神社であるという認識も無かったのです。
それが最近よく見れば、入り口に鳥居も有れば中には祖霊社まであるじゃないですか。
ここって神社だったんだと今更知ったのです。

そして更に‥‥

亀の池祖霊社


よく見ると経ノ巻鬼板の所に、梅の紋章があるじゃないですか。
つまりこの神社は、大阪天満宮の境外神社という事ですね。
今更知って驚く事実です。

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【神社ブログ】神紋からその神社が分かる!神社名よりも神紋が語るもの

このように、知識を持って神社を見て回ると、また楽しさも増える気がします。
やっぱり知識があると楽しいんですね。
今更な事ですが、神社の神紋から改めてその事を感じずにはいられませんでした。

2017年4月12日水曜日

【神社ブログ】多くの神社に石碑が残る日露戦争の跡 いったいどんな戦争だったのか?

先日お話した通り、神社を巡っていると日露戦争に関する石碑が多く残されている事がわかります。

【神社ブログ】神社は正しい歴史を記録しておく所 神社を巡ると真実が見えてくる


この石碑は天王田の八坂神社にあるものです。
明治卅七八秊戦役と書かれています。
※明治三十七八年戦役
もちろん日露戦争の事です。
我々は多くの神社が残す日露戦争について、しっかりと理解し知っておく必要があるのではないでしょうか。
そこで今回は日露戦争について話をしたいと思います。

話は江戸時代後期からしなければならないでしょう。
この頃の世界は、ヨーロッパの白人国家が力をつけ、ドンドン海外に進出し植民地を増やし、世界の構図が日ごとに変わってゆく時代でした。
植民地になったその他の国々は、国民が奴隷となったり、酷い摂取を受け、腕を切り落とされたり命を奪われる事もあたり前でした。
オスマントルコ、ペルシャ、ムガール帝国、清と、その対象は徐々に大陸の東へと向かっていました。
大きな力を持っていたのは大英帝国とロシアでした。
ロシアは凍らない港を求め、侵略の対象を大陸の東へと移し、それを大英帝国が阻止する流れがありました。

それを知った日本人は危機感を持っていました。
清の次は日本だと。
そんな中、日本が大きく変わるきっかけとなったのが黒船来航です。
細かい話は省略しますが、アメリカだけでなく、日本は世界の情勢を知って行動を起こします。
まずは日本が強い国にならなければ確実に滅ぼされてしまう状況でした。
そうならなくても、他国のように酷い事になるのは目に見えていました。
長州の高杉晋作は自分の目で上海を見てそれを知っていましたね。
だから危機感は他の人よりも強かったのではないでしょうか。
そんな高杉晋作だったからこそ、明治維新の大きな力になったと言えるでしょう。

明治維新の後は、いよいよ富国強兵が急がれました。
その頃の日本は世界と戦えるだけの力はありません。
そこで考えたのが朝鮮半島にも自立してもらって、一緒に対抗しようという事でした。
もしも朝鮮半島がロシアに取られたら、基地をつくられ、そこから攻め込まれ、日本の亡国は確実な状況でしたから、朝鮮半島も守らなければならなかったのです。
しかし日本がいくらそれを朝鮮半島に求めても、朝鮮半島の形は変わりませんでした。
庶民は愚民化政策の中ほとんどが最底辺の生活をしており、上の者は強い国にただ付き従うだけでした。
そんな朝鮮半島を守る為の戦いが日露戦争です。

この頃の朝鮮半島を思うと、今の日本と凄く重なります。
アメリカについたり、中国についたり、ロシアと仲良くしようとしたりしながら、決して自国を自分たちの力で守ろうとはしません。
その結果どうなったのでしょうか。
朝鮮半島は物のように扱われ、単なる戦場となったのです。
この事を知っていたら、今の日本はあり得ないと分かります。
全く歴史を教訓としていませんね。
戦わずして勝とうなんて思っているのでしょうが、最終的には軍事力がなければやられてしまうのです。

ギリギリの中で行われた日露戦争は、なんとか勝つ事ができました。
これは当時の世界では衝撃的な出来事でした。
とにかくこの戦争で勝てた事で、日本は日本として残る事ができたのです。
もしも朝鮮半島を黙ってロシアに渡していれば、当然半島は軍事要塞化され、そこからロシアの侵略が広がっていた事でしょう。
日本なんてあっという間に飲み込まれていたに違いないのです。

その後大東亜戦争は、白人に侵略された多くのアジア各国を解放する為の戦いでした。
これはあくまで建前だと理解している人も多いかと思いますが、その建前が無ければ戦争なんてできなかったわけで、日本から見ればやはり太平洋戦争は大東亜戦争だったのです。
まあ私は別に大東亜戦争と言う事にこだわりは持っていません。
名前は世界的に使われている言葉でも、ある程度は良いと思っているからです。
でも、どうしてその戦争をしたのか、どんな状況での戦争だったのかは理解しておく必要があるでしょう。
日本が大東亜戦争と言っていた事実は忘れてはいけません。
※太平洋戦争(大東亜戦争)でも良いという話です。

日露戦争は世界の中で生き残る為の戦いでした。
大東亜戦争は、強くなった日本が世界の形を変えようとした戦いでした。

日露戦争は勝てた事で目的を達成できました。
だから多くの神社で石碑が残っています。
大東亜戦争は、負けたけれど今、目的は達成されていると言えるのではないでしょうか。
日本が侵攻し、その国で育てた軍隊が後に独立を勝ち取り、今では人種差別はいけない、人は殺してはいけない世の中になっています。
日本がやろうとした目的は、概ね達せられたのです。
ただ、戦後の酷い状況の中で、当然ですが負けたのに石碑を残そうなんて事は多くはあり得ませんし、今更目的達成を祝うのも変ですからね。
大東亜戦争も記憶に残すべき重要な戦争ですが、これは神社が行うまでもなく、多くの所で残す活動があるので問題はないでしょう。

そんなわけで、神社を巡っていて先人たちの思いを受け取り、私は戦争を振り返りました。
まだまだ神社が残す思いというのは多々ある事でしょう。
これからも何かのメッセージが見つかれば、ここでお伝えしていければと思います。

2017年4月11日火曜日

【神社ブログ】神紋からその神社が分かる!神社名よりも神紋が語るもの

菊桐菊桐三菊桐、合わせて菊桐六菊桐。
はい、これは早口言葉ですね。
この早口言葉の意味を、私はつい最近まで考えた事がありませんでした。

高津宮神紋

これは高津宮の神紋ですが、十六菊花紋は天皇皇室国家の、五七桐紋は日本政府の紋章となっています。
どうして菊と桐なのか考えた事がありませんでしたが、凄くスッキリしましたね。

靖国神社神紋

靖国神社の紋章は十六菊花紋であり、国家神社と言えるのではないでしょうか。
神社の中でもとても大切な神社だという事です。

大阪天満宮神紋

天満宮はそれぞれに若干違いはあるものの、梅の神紋となっています。
主祭神が菅原道真である神社を表しています。

堀川戎神社神紋

えべっさんは柏紋ですね。
こちらも多少違いはあるものの、恵美須神社でも戎神社でもゑびす神社でも同じです。

櫻宮神社神紋

櫻宮神社は桜の神紋です。
御祭神とは関係なく紋章が定められているようです。
ちなみに櫻宮神社の御祭神は、天照大御神、八幡大神(応神天皇)、仁徳天皇となっています。
普通なら花菱紋や十六菊花紋、或いは左三つ巴となるはずですが、こうして独自の神紋が定められている神社もあります。
どれがメインか決めかねる場合、このような判断になるのでしょうか。

綱敷天神社神紋

続いて綱敷天神社です。
天満宮ですから梅の神紋かと思いきや十六菊花紋が御幕に描かれています。
しかしよく見ると社殿の扉には梅の神紋が見えますね。
綱敷天神社は天満宮としての梅の神紋も有り、そして嵯峨天皇が主祭神である事を表す為に十六菊花紋も付けられているというわけです。

露天神社神紋

大阪梅田にある露天神社も面白いです。
天神さんですが梅の神紋が見当たりません。
天神社とは言っていますが、御祭神が多く独自の神紋になっているのでしょう。
十六菊花右三つ巴紋とでもいうのでしょうか。

左三つ巴

最後に紹介するのが左三つ巴紋です。
こちらは八幡宮の神紋として使われているものですが、多くの神社の社殿にも使われています。
神社を表す神紋としてだけでなく火災除けの意味もある紋章で、ある意味特別なものです。


このように神社には色々な紋章があるだけでなく、その紋章には色々な意味があります。
その神社を表す紋章であったり、十六菊花紋や五七桐紋のように大きな意味のある紋章もあります。
主祭神を表す場合も有れば、単に社殿に火災除けとして付けている紋章もあります。
神社に行って紋章を見れば、何を最も大切にしているのかが分かりますね。

あくまで個人的な感想ですが、独自の紋章をつけている神社は、その地に根付いた神社に感じますから、そういう神社が近くにあればお参りに行っておきたいです。
十六菊花紋のある神社には、日本人なら一度は参拝しておきたい気持ちになりますね。
まあ全国数えるとかなりの数あると思いますから、流石に全部は無理でしょうけれど。

2017年4月10日月曜日

【神社ブログ】子供の頃楽しみにしていたお祭りはほとんど神社の祭祀

子供の頃は、なんとなく色々な季節にお祭りがあって、それを楽しんでいました。
それら全てが楽しみで、毎年あるお祭りの多くに参加していました。

お正月には初詣に行き、9日から11日にはえべっさん、夏には天神祭りの花火を見て、盆踊りにも行きました。
楽しかったお祭りの記憶のそこには、神社がありました。


それはそうです。
お祭りとは神社の祭祀の事なのですから。
神に願い、神に感謝するのがお祭りです。
カーニバルとは本当は意味が違うのです。

カーニバルはカトリック(キリスト教)で行う謝肉祭です。
肉を断つ前の何日かを賑やかに祝う事です。
そこから『お祭り騒ぎをする催し』をカーニバルと呼ぶようになったのです。
お祭りのような事をする事がカーニバルであり、お祭りとはそもそも日本独自のものなのです。

日本にももちろんカーニバルはあります。
でも今でもお祭りの多くが、日本の伝統や文化として行われる、神社がかかわるものなのです。
もしも神社が存在しなければ、多くの祭りが失われる事になるでしょう。
だから日本では、神社は完全に無くてはならないものになっているのです。

無くても何かしら適当にカーニバルができると思っている人もいるかもしれません。
でもよく考えてください。
何かをする時、誰が一番大変ですか。
企画して計画を進める幹事です。
概ね誰もやりたがらないし、結局そこで話が終わる事が多いです。
しかしそれを毎年定例祭として行ってくれるのが神社です。
日本は内需が強いとか言われますが、こうやってみんなでやれる企画された祭りがあるから、お金を使う場が用意されているからお金が回るのです。

神社は、人々がやりたがらない幹事を引き受け、日本に経済効果ももたらしているのです。

そうでなくても楽しい祭りをやってくれるのだから、神社の重要性が分かると思います。
日本の楽しい祭りは神社があるおかげです。
そんな神社を、私はとても大切なものに感じますね。

2017年4月9日日曜日

【神社ブログ】どうして神社の屋根はエメラルド色をしていて綺麗なのか?茶色の屋根との違い

神社を見て回っていて不思議に感じたのは屋根の色です。
どうして瓦屋根以外の社殿はエメラルド色をした綺麗な屋根なのでしょうか。


綺麗なエメラルド色の屋根ですね。
この色はどうやって出しているのでしょうか。
おそらく金属のようですが、こんな色の金属があったでしょうか。

調べてみるとなんと銅で葺いてあるのだそうです。
『葺く』とは、『茅(かや)や板、かわらや木の皮などで屋根を覆う事』となっています。
簡単にいうと、雨漏りしないように何かで覆うわけですね。
神社の屋根は多くが銅で葺いてあるわけです。

でも銅って茶色ですよね。
あの色は銅だけにどうやって出しているのでしょうか。{汗}

実は銅が酸化して緑青(ろくしょう)という錆びができているのです。
緑青は絵の具の材料になったり、孔雀石(マラカイト)が作られる顔料にもなります。
孔雀石はエメラルド色をした綺麗な石で、銅の二次鉱物です。


この写真は、左の屋根はそこそこ年季が入っているようでエメラルド色をしています。
右側はかなり新しい祠のようで、まだ屋根の色が茶色ですね。
おそらくはいつかエメラルド色になるのでしょう。

つまり屋根を見ればその社殿が新しいのは古いのかが分かります。
どれくらいで錆びるのかという事は調べても分かりませんでしたが、まあ十円玉が錆びているのを見た事もありますし、数十年経てば錆びるような気もします。
正確な数字が分かればまたどこかでお伝えできればと思います。

そんなわけで、神社の屋根がエメラルド色の理由でした。

2017年4月8日土曜日

【神社ブログ】大阪天満宮の十二支方位盤から分かる賢くなる為に必要な事 菅原道真に学べ

天満宮と言えば学問の神様である菅原道真が祀られている神社ですね。
受験前には学生が参拝に詰めかけ、沢山の絵馬が掛けられている様子を見る事ができます。

でも果たしてそれだけで菅原道真の力を借りて、受験に合格できるのでしょうか。
或いは賢くなる事ができるのでしょうか。
誰かと仲良くなる為にはその人を知り、歩み寄れる部分は歩み寄り、要所で価値観を同じにする必要があるでしょう。
ここは絶対に譲れないという部分では、価値観が同じで有る方が仲良くなれるのです。
菅原道真の力を借りたいなら、できれば仲良くなる必要があるのではないでしょうか。

では菅原道真が譲れない部分とは何処でしょうか。
私はこの十二支方位盤から見て取れると思うのです。


これは大阪天満宮の表門の天井にある十二支方位盤です。
これを見るとある事に気が付くと思います。
そう、酉が鶏ではなく鳳凰なのです。
どうして鶏だけがハブられているのでしょうか。
それは単純に、菅原道真は鶏が嫌いだからです。

その理由はこちらの歌から分かります。

『鳴けばこそ 別れを急げ 鶏(とり)の音(ね)の 聞こえぬ里の 暁もがな』

これは、菅原道真が都を追われ大宰府に旅立つ所で詠んだ歌だそうです。
別れを鶏にせかされ、鶏がいなければ良かったのに!という話ですよ。
つまりそういった所から菅原道真は鶏が嫌いとされているわけですね。
だから天神さんでは鶏を置かないのです。

いえ、酉年になると鶏がいたりするのを見た事がありますけれどね。
多分食べる為ですよ。{笑}

そんなわけで、頭を良くしたければ憎っくき鶏を食べるといいのではないでしょうか。
逆に牛は食べてはいけません。
菅原道真は牛を愛していました。
天満宮に行くと必ず牛の像がありますよね。


賢くなりたければ鶏肉を食べて牛肉は食べてはいけないのではないでしょうか。
あくまで天神さんに頭が良くなるようにお参りした場合の話ですけれどね。
それにまあ神様がそんな小さな事にこだわるとも思えませんから、あくまで気持ちですが。
受験生なら験担ぎ(げんかつぎ)してみるのも良いかもしれませんね。

2017年4月7日金曜日

【神社ブログ】神社から歴史が分かる!どうして言葉や名前には説が複数存在するのか?

昔の言葉、或いは今の言葉でもそうですが、どうしてそういう風に言われるのかそれぞれに由緒や意味がありますよね。
そしてその由緒や意味は、大抵の場合複数の説が存在していると感じませんか?

偉い人が好きだったからだとか、似た言葉が変化したものだとか、AとBが合わさったものだとか、色々と言われるものが多いです。
そんな時、どれが本当なんだろうと思うと同時に、どうしてそんなに説があるのだろうかと疑問に思った事はありませんか?
そんな疑問の答えが、私はこの神社にあったコレを見て分かったような気がします。

八劔神社の敬神

これは八劔神社にある単なる時計ですが、そこに『敬神』と書かれています。
意味は神を敬うという事ですが、どうしてそれが時計に書かれているのでしょうかね。
計針、つまり漢字を変えると時間を計る針という風に意味が通るようになっています。

こういう遊び心というか、こういった文化は日本では昔から存在します。
百人一首に書かれているような短歌なんかもそうですね。
正岡子規がストレートな歌を歌うまでは、いかに本意を内に秘めた歌が作れるのかが上手さのポイントでした。
だから昔の短歌には必ず、表向きの意味と、そこに秘められた本当の意味が存在するようになっているのです。
つまり最低でも二つ以上の意味を掛け合わせるのが日本では良しとされていたのですね。

そういう風にやってきた日本なのだから、言葉にしろ何にしろ、由緒や意味が2つ以上あって当然なのです。
そして両方、或いは全てが正しいと言えるでしょう。

説が二つ以上あるものに対して、どちらが正しいかなんて議論はナンセンスかもしれませんね。
どちらも正しいというのが単純に正解と言えるのではないでしょうか。
ただ、どちらを優先したかったのかは、議論する余地もあったりするのでしょう。
なんにしても、私はこの時計を見てその事に気が付きました。
これが正しいかどうかなんて事は私には分かりませんが、私はそんな気がします。

2017年4月6日木曜日

【神社ブログ】『オススメ』違和感を覚える白山神社 少しだけ珍しいがいっぱい!

特に変だというわけではないのですが、あまり見ない珍しい所がいくつかあります。
白山神社とはそういう所です。
おそらく何が珍しいのかと聞かれても、普通は答えられません。
ただ、神社を見て回っていると少しだけ珍しいと感じるのです。

この神社のオススメポイントとして最初に出てくるのは大阪府の天然記念物であるいちょうの木でしょう。
上の写真の真ん中です。
大きないちょうの木で天然記念物なのですから見どころではあります。
でもこの神社、それよりも気になる所がとにかく沢山あります。
一つ二つ違いがあるのは今までも色々と見てきましたが、これだけ数があるのは珍しいと思います。

白山神社

これらの狛犬写真は、白山神社の境内神社である權殿(権殿、又は神明社という)のものですが、その名前も不思議ですよね。
調べてみると權殿とは、神社の改築などの際、仮に御神体を安置しておく場所だそうです。
つまり仮の神明社だという事ですね。
これはなかなか見ることができないでしょう。
ちなみに‥‥


扁額の写真はピンボケになってしまって残念な感じです。{汗}
そのうちまた撮り直しに行きたいですね。

そしてその權殿にいた狛犬がちょっと不思議です。
大抵の狛犬というのは、阿吽で大体表情も似ています。
怖そうな狛犬なら両方が怖そう、にこやかなら両方にこやかなのが普通です。
でも白山神社の狛犬は左右表情が違って見えるのです。
ここまで左右に違いが見られたのは初めてではないでしょうか。

他にも色々と『ちょっと違う』があります。
稲荷神社では白狐のくわえているものが逆でした。
でもこれは結構あるのでそれほど珍しいものではありませんね。
特に気になったのは鳥居です。
鳥居には台輪というものがついているのがあります。
それは島木の下を支える部分についていたりするのですが、ここの鳥居にも付いています。
しかしそれが円形ではなく四角なのです。
しかも2枚ついていますね。
これは珍しい気がします。

そして白山宮という祠のようなものを見つけました。
下の写真右上です。
一見祠ですが、よく見ると四角い石が二個並べてあるのが分かります。
祠のような石、或いは石で造られた祠というのでしょうか。
これも他では見た記憶がありません。

白山神社

拝殿も少し珍しい気がします。
中には御神輿とひな壇が飾ってありました。
そして外観も普通とはほんの少し違うと言いますか、数が少ないです。
まず向拝部分がかなり縦に長いです。
拝殿の奥行き以上に庇の部分が長いですね。
ここまで社殿のバランスを考えた上で長いのは珍しいのではないでしょうか。
更にその鬼板部分が珍しいです。
他にもある事はありますが、多くはないです。
経ノ巻鬼板なんですね。
探せば結構ありますが、割合的に少ないです。

このように白山神社には、ちょっと珍しいが沢山あります。
気になる方は訪れてみてください。

2017年4月5日水曜日

【神社ブログ】『オススメ』やはり靖国神社は特別!歴史問題を語る前に行っておくべき!

度々近隣国と揉める問題があります。
歴史認識、或いは歴史教科書問題ですね。
この問題がいったい何故起こるのか、真実は一つのはずなのにと日本人なら思うはずです。
そしてだからこそ思うわけです。
日本人が教わっている歴史は嘘なのではないかと。
日本人は何かあったら、相手よりもまず自分達を疑います。
相手があれだけ怒って言ってくるのだから、きっとこっちが間違っているのだと。

でも、そんな単純な問題ではありません。

どうして歴史が違うと言ってくるのは中国と韓国だけなのでしょうか。
その部分だけが間違えているとでもいうのでしょうか。
そもそも歴史とはなんでしょうか。
日本にとっては『過去に有った出来事』或いは、『客観的に見た事実』です。
しかし外国にとってはそれぞれ違っていて、歴史は一つではないのです。

確かフランスなんかは、歴史は全て自国中心で描かれています。
世界の中心はフランスで、そういう視点で描くから他の国から見たら事実ではない事もあります。
中国の歴史はプロパガンダと言われています。
今までは悪い政府だったから潰れ、良い政府が誕生したという歴史に毎回書き換えます。
韓国はファンタジーと言われています。
国民が誇りを持って生きていけるように、とにかく『先人たちは凄かった』という風に歴史を書き換えているのです。

それが世界各国の歴史なのです。

日本は違います。
嘘の歴史を勉強した所で、それが実際に役立つ事はないと知っているからです。
だから常に『真実』を追求します。
そうするとどうなるでしょうか。
当然日本とかかわりの深い国の歴史とは矛盾が発生し、それが歴史問題として表れてくるのです。

でも何が真実で何が嘘かなんて、証拠でもない限りなかなか信じる事はできませんよね。
そこで見ておきたいのが、靖国神社境内にある遊就館です。


ここには、特に問題となっている時期の過去の歴史がそのまま残されています。
歴史問題を言ってくる国は、だからこそ靖国神社を批判するんですよね。
靖国神社を訪れて日本人に真実を知られたら困るわけです。

日本人は、たとえ自分たちが悪かったという過去であっても、それが本当の事ならそのまま受け止めます。
だからあえて歴史を書き換える必要がないのです。
その失敗を教訓に頑張れるからです。
そんな日本でもしも嘘が伝わるとしたら、それは全く逆、つまり日本にとって更に良くない歴史となるでしょう。
もしも今教えられている歴史が嘘だとしたら、それは多分良く描くものではなく自虐的な歴史です。
本当はどうなのか、歴史について少しでも語りたいと思ったら、絶対に一度は靖国神社には行っておくべきですね。

ちなみに私は歴史に関して、学校で教わったものは全て覚えてませんでした。
だから独学で色々と調べながら勉強したのですが、その結果あまり大きな違いは感じませんでした。
即ち靖国神社の遊就館にあるものは真実を伝えていると言えますね。

せっかくなのでハッキリ言っておきますが、学校で教わる歴史も実は嘘ではありません。
ただ、印象コントロールはされています。
例えば満州事変や真珠湾攻撃の一部事実だけを伝え、悪い事をしたという風に話をします。
しかしそこには理由や時代背景、世界の状況等色々あるわけです。
誰かが人を殺したと言えばそれは悪い事だと言えます。
しかしそれが戦争の中での話なら、英雄になるかもしれません。
正当防衛なら仕方がなかったとなるかもしれません。
目の前にある事実だけでは、それを判断する事はできないのです。

靖国神社の遊就館では、その時代背景や状況も全て、細かく伝えているものがあります。
歴史を判断し意見を言う前に、一度は靖国神社、そして遊就館を訪れてみてください。

2017年4月4日火曜日

【神社ブログ】どこの神社にも必ず置かれているものは?スケルトン神社を考える!

神社によって、置かれている施設やものは色々と違います。
しかし大体何処の神社にも必ずあるものってのもあります。
今日はそれをちょっと並べてみたいと思います。

まずは神社ですから、絶対に必要なものがあります。
それは御祭神ですよね。
神様がいない神社は神社とは言いません。
そして神様を安置している社とセットで神社と呼ぶのです。
逆に言うとこれさえあれば神社と呼べるので、他は無くてもいいのです。


まあそんなわけにもいきませんよね。{笑}
本殿だけ有っても、或いは拝殿と一緒になっていたとしても、それだけの所はまず見当たりません。
そんな神社に一体何をしにいくのでしょうか。
それさえあれば拝む事はできますから、おそらく日本全国探せばそういう神社もあるとは思います。
ただ、少なくとも我々が呼ぶ神社のイメージではないですよね。
では何があると神社になるのでしょうか。
順番に考えてみましょう。


神社には参拝にいくわけですから、参拝手順に従っていけば最低限必要なものが分かります。
まずは鳥居ではないでしょうか。
神社というのは、置かれている聖域と合わせて神社と呼ぶように感じます。
だから聖域とを分けるものが必ず必要です。
鳥居に限らず、写真奥に見えるような注連柱でも構いません。
どちらかによって社殿の置かれる聖域の確保が必要となるでしょう。
我々はそこに足を踏み入れる際、挨拶の一礼をして入っていくわけです。

続いて参道の端を歩く事になりますが、これは少しでもあれば済みそうな気もします。
元々は祈願する内容によって参道があったのかもしれません。
例えば豊作祈願なら田畑へ連なる道として、大漁祈願なら海に続いていたのでしょう。
でも今では色々な事がお願いされるわけで、その中には場所を必要としないものもあります。
だったら本当に最低限スペースが有れば済むはずで、参道に関しては絶対ではなさそうですね。
ただ、祠に御祭神が安置されている小規模な神社ではない限り、大抵の神社には参道があります。


参道を通ってお参りをする前は、必ず身を清める必要があります。
だから手水舎は必須と言えるでしょう。
ただこれも、小規模な所ではありませんし、そこそこの規模があっても水が無かったりします。
水道でそのまま手を洗うようになっている所もありますね。
そう考えると、現代ではそこまで必要な行為とは認識されていないのではないでしょうか。

後はお参りするだけですから、基本的には御祭神と社、そして聖域を分ける鳥居などが有れば神社と言えるでしょう。
もしも神社スケルトン(神社を造る時の最低限基本の形)を定めるのならそういう事になりそうです。

そしてそこにあたり前に付けるものとしては、入り口には門柱、或いは鳥居に扁額を置き、その神社がどんな神社なのか分かるようにしています。
鳥居をくぐれば手水舎が有り、参道が拝殿まで続きます。
拝殿の手前には狛犬たちが守護獣としての任務に勤しみ、拝殿前にはお賽銭箱が置かれているでしょう。
そして鈴が付けられ、参拝者がしっかりと参拝できるようになっています。

この辺りが、最低限神社に必要なもので、概ね何処の神社にもあるのではないでしょうか。
稲荷神社では狛犬の代わりに白狐が置かれていたりしますけれどね。

逆に言えば、最低限この辺りの意味を知っておけば、或いは使い方が分かっていれば神社に参拝ができます。
神社の事をよく知らない人は、最低限この辺りの事だけでも理解して、参拝に行ってみてください。
最後に手順を書いておきます。

①鳥居をくぐる時は挨拶の一礼をします。
②入って参道をあるく時は端を歩きましょう。
③手水舎で手(身)を清める時は手順通りに行います。
 ・柄杓を右手で持ち左手にかけて清めます。
 ・柄杓を左手に持ち替え右手に水をかけて清めます。
 ・柄杓を再び右手に持ち、左手に水を汲んでそれを口に含みます。
 ・口を漱ぎます。 ※衛生面を考え唇に付けるだけで良いらしいです。
 ・両手で柄杓を持ち立てるように持って取っ手の部分を洗います。
 ・柄杓を元に戻して終わりです。
④参道の端を歩き拝殿前までいきます。
⑤一礼してからお賽銭を入れ鈴を力強く鳴らします。
⑥二拝二拍手した後、目を閉じ願い事を伝えます。
 ※できれば抱負や決意を述べ見守って頂けるようお願いしましょう。
⑦目を開け一拝して終了です。
⑧帰る時も参道の端を歩き、鳥居を出た後は挨拶の一礼をしましょう。

だいたいこんな感じです。
参拝した後は、他の神社に参拝に行く以外なら、真っすぐ帰った方が良いという話も聞きます。
まあちゃんと相手に敬意を持っていれば問題はないと思いますけれどね。
そんなわけで、神社スケルトンを考えてみました。

2017年4月2日日曜日

【神社ブログ】『オススメ』野田恵美須神社の鬼瓦はこっちを見ている!

今回オススメする神社は野田恵美須神社です。
何がオススメなのかと言えば、常に視線を感じる神社なのです。
誰かがこっちを常に見ているのです。

嫌ですか?{笑}

そんな大した話でもないのですが、拝殿の写真を見ていただければその理由が分かると思います。

野田恵美須神社拝殿

野田恵美須神社拝殿

瓦屋根の大棟部分正面、鬼瓦を見てください。
黒丸の周りが白で塗られているので目に見えるのです。
ご丁寧に経ノ巻鬼瓦なので出ている3本がまつげのようですね。
※鬼瓦についてはこちらでも説明しています。

ちなみに社殿横側の鬼瓦も同じように塗られているので死角はないですよ。{笑}

人に見られるのが好き、視線を感じたいという方は、是非野田恵美須神社を参拝してください。

それにしても正面からの写真、拝殿が顔に見えますね。
注連縄が歯で、口を大きく開けているのです。
ちょっと子供が意識して見ると怖がるかもしれませんね。

2017年4月1日土曜日

【神社ブログ】『番外寺院編』私が見た良いお寺の条件 入りやすいお寺はどんなの?

神社巡りをしながら、お寺も見かけたら写真に撮るようにしています。
でも神社と違って、なかなか中に入ってまで写真を撮る事は難しいですね。

一つは門が閉まっていたらまず入れません。
友人にお寺をやっている人がいて、その友達のお寺なら門が閉まっていても入る事はできます。
親戚のお墓もあるので、お墓参りという事なら何も問題がないのです。
でも見学や写真を撮りたいという理由では、入ってこられても困ると思うのです。

だから写真に収めるお寺の条件としては、やはり門が開いている事が最低限の条件となります。
その上で、中まで入って写真に撮りやすい寺院の条件について少しお話しようと思います。

日蓮宗雲雷寺

これは日蓮宗雲雷寺というお寺ですが、規模が大きくて鐘もあります。
規模の大きなお寺は自由に入れるように解放している所が多く、その目印になるのが鐘です。
だから街を歩いていて鐘があると、『もしかしたら入って写真が撮れるかもしれない』と思いますね。
鐘があるから大きいと断言もできないですし、入れない所も多いですが、多少判断材料にはなるかと思います。

真言宗摩尼山持明院菊の紋章

次に考えるのは、『良いお寺ならきっと快く迎え入れてくれるだろう』という考えから、菊の紋章の付いたお寺は入りやすいです。
菊と言えば天皇家の紋章ですから、日本国民なら親戚の家にお邪魔するようなものです。
今の日本人のほとんどは過去の天皇の血を引いていると言われているので、どこかでつながっているのと言えるでしょう。
人類皆兄弟というのは言い過ぎですが、日本人皆親戚というくらいは言えてしまうのです。
そんな天皇を大切にしているお寺なのですから、絆を大切にする良いお寺だと考えられます。
これは入りやすいですね。
ちなみにこのお寺は真言宗摩尼山持明院です。

真言宗摩尼山持明院跳び狛犬
 
元有栖川宮家勅願所曹洞禅宗稱號山妙壽禪寺狛犬

続いて真言宗摩尼山持明院の跳び狛犬と、元有栖川宮家勅願所曹洞禅宗稱號山妙壽禪寺の狛犬写真ですが、とにかく狛犬がいると安心します。
神仏習合の名残なのかどうかは分かりませんが、神社としての機能といいますか風習が残っているのでしょうね。
そう考えると半分は神社です。
神社は日本人にとっては公園のようなもので、気軽に入れるというものです。
※スポーツをしたり遊んだりする公園の意味ではないですよ。

死者を弔うお寺ですから、そもそも気軽に入れるような所ではありません。
しかし日本風に変化したり、神仏習合で神社的要素を含んだりして、お寺はそれなりに自由に出入りできる所となっています。
全部が全部そうではないので入りづらい所も多いわけですが、この辺り見ていけば、お寺を見学したりする事もできるのではないでしょうか。

まあこれはあくまで私の勝手な判断要素なわけですが、そんなに外れてもいない気がします。
参拝がコースに含まれているようなお寺には、意外と中に神社も有ったりしますしね。
もちろんそうでないお寺にも良いお寺は沢山あると思います。
これからも自分なりにお寺を見て、より多くのお寺を紹介していきますね。


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