2017年8月16日水曜日

【神社ブログ】京都の宇治辺りにある神社を巡ってまいりました!意外と小さい神社が多かった!まずは式内彼方神社!

久しぶりに新たな神社に行きましたのでブログが書けます。{笑}

今日はお盆という事で、宇治霊園にお墓参りに行きました。
そしてその後、宇治の神社を巡ってきたのですね。
墓参りの後に神社ってのはどうなのか知りませんが、神様に失礼だとか言って参拝しないより、ちゃんと参拝する方が良いと思いますから、私は行くのです。

さて、結構長い道のりでした。{汗}
暑いし坂が多いし疲れます。
冬場に神社巡りをしていた時はずっと歩いていても平気でしたが、流石にヤバいですね。
ちゃんと水分を摂って無理しないようにしないと倒れますよ。
足もつりそうになりますし。
道にはスズメバチ大先生もおられました。
大阪では見かけないスズメバチ先生を久しぶりに見ましたよ。
キイロスズメバチなのでそんなに大きくは無かったですが。

黄檗方面から宇治に向かって歩く事30分くらいでしょうか。
ようやく一つ目の神社が見えてきました。


式内彼方神社だそうです。
京都の神社だから何処も大きくて凄そうな印象があったのですが、大阪にある神社と比べてもかなり小さな神社でした。
それでも式内ですよ。
神社の格式についてはこちらをご覧ください。
小さくても古くからある格式の高い神社と言えそうですね。

ただ、大阪の神社の場合、社号標にある格式を表す文字が消されていたりしますが、こちらはむしろ社号標を新しく作り直しアピールしているようにも見えますね。
観光地だからでしょうか。
それともアピール精神が強いからでしょうか。{笑}
少し大阪の神社との違いを感じました。
そして結局、何処の神社でも遥拝所が見つからなかった気がします。
私が見逃していただけかもしれませんが、これもちょっと違う所ですね。
流石に都が長く有った日本の首都と言った所でしょうか。

ちなみに日本の首都は東京となっていますが、実は遷都してはいません。
新たに東京を都と定めただけにすぎず、京都も実は首都と言えなくはないのです。
明治天皇も『少し出かけてくる』と言って東京に行きましたからね。
いずれ戻ってくる可能性を残しておりますし、本当の首都は京都であるという含みもあるのでしょう。
だから遥拝所は不要なのかもしれませんね。
アマテラスちゃんに会えませんが。

写真は気が向いた時に順次アップしていきます。
写真サイトの方にね。
こちらでは軽く順番に紹介できたらと思います。

そんなわけで、まずは式内彼方神社でした。

2017年7月28日金曜日

【神社ブログ】祭りで講社が集まっていた!日本の文化を守る集団『講』!

天神祭りのギャルみこしを見る為に、大阪天満宮に行きました。
そこで目にしたのは色々な『講(講社)』でした。

 写真は大阪天満宮の地車講です。

講社とは、宗教・経済・社交上の目的を達成するために組まれた結衆集団の事です。

今回は大阪天満宮の講について少し話すのですが、とにかく数が多くて驚きました。
大阪天満宮を支える地域住民のグループが沢山あったという話ですね。
地車を提供管理し、祭りの時にはその運用も行うのが地車講です。
完全なボランティアというかその辺りは分かりませんが、神社とは地域住民の講が支えているという事なのでしょう。
大阪天満宮は流石に大きな神社で、日本三大祭りを行う所でもありますから、講も沢山ありました。
私が知っていたのは、御神輿の講が2つあったというくらいでしょうか。
境内の北側に神輿庫があり、そこの説明で書かれていましたからね。
他にもあるんだとは思っていましたが、でもまさかこれほど多いとは思いませんでした。
境内をパッと見ただけでも6,7社の講が場所を陣取って神具を公開しておられましたね。

調べてみると、26社前後の講がありそうです。
詳しくは天神祭りのサイトの方に載っていますのでそちらを見てみてください。

大阪天満宮はおそらく特別多いのだとは思いますが、神社が存在する以上支えている講、或いは講のような集まりは、きっといくつもあるのだと思います。
私は特に講のメンバーではありませんが、それでも色々過去に協力した事、手を貸した事はありました。
講に限らず、神社の祭りには地域の住民の多くが協力しているのですね。

そう考えると、神社ってのは単なる一つの宗教の施設と考えると収まりません。
やはり日本の文化そのものなんだなと改めて感じさせられます。
宗教には正直関わりたくないですし、あまり良い印象はないですけれど、神社神道だけはやはり別だなと改めて思わされましたね。

講社をつくり支えている方々、これからも日本の文化を守る為に頑張ってください。
応援しています。

2017年7月27日木曜日

【神社ブログ】お祭りの日は神社に行くべし!参加するのは当然良いとして‥‥

23日にはギャルみこし、そして25日には締めの花火大会がありました。
そういった特定のものに参加したり見に入ったりするのもいいですが、祭りの日はとりあえず神社に行く事をオススメしたいです。

理由は、普段見られないものが見られるからです。


写真は御錦蓋というそうですが、こんなのは初めて見ましたよ。
御錦蓋とは神具の錦の蓋(かさ)の事だそうで、それを乗せるのが御錦蓋講船だとか。
つまり、神様を船で渡す際、この神具が使われると考えていいんですかね。
船に限らず、御御霊が他に移る時に必要な神具だと公式サイトには書いてありました。

この日は、他にも地車や豪華な御神輿など、普段見られないものが色々と見られました。
写真は、写真サイトの方でより大きな画像をアップして紹介しますので、しばらくお待ちください。
おそらく1週間以内にはアップできると思います。

それにしても、まだまだ知らないものが沢山ありそうです。
私は、ある程度分かってくるとそれで満足してしまう所がありますが、神社に関してはまだまだ楽しいのはこれからって感じですね。

2017年7月26日水曜日

【神社ブログ】天神祭りの花火大会を見て参りました!なんだか昔の花火大会とは違う気が‥‥お勧めスポットなど

天神祭りの花火大会を見て参りました。
花火はとても綺麗で、すぐそばで見たので音の迫力もありました。


写真は沢山撮りましたが、他の写真は順次写真サイトの方でアップしていきます。
そちらの方が大きな画像を載せますので、見たい人はしばらくお待ちください。
1ヶ月以内のアップを目標としています。{汗}

さて、まずは当日の話の前に、昔の話。
子供の頃は毎年のように花火を見に行っていたわけですが、その頃と今では随分違いますね。
まず、打ち上げ場所が変わっています。
昔は毛馬の方と中之島辺りだったかと思います。
両方見える地点があり、そこで友達と見ていた記憶があります。

でも今年打ち上げ場所を調べると、随分と近いですね。
ほぼおなじような所から上げるようです。
どうやら帝国ホテルができた関係で、打ち上げ場所が変わったのだとか。
勝手な憶測ですが、帝国ホテルかOAPかがスポンサーになって費用を負担し、その代わりそこから見やすい位置に花火の打ち上げ場所が変わったものと思われます。

まあそれならそれで両方見るにはいいのではないかと、打ち上げ場所に近い櫻宮神社に行ってスタンバっていました。
19時30分ごろから、花火が始まりました。

櫻宮公園側から打ち上げる方はもう目の前で、メチャメチャ近くで見えました。
ただ、櫻宮神社境内からだと、川崎公園側から打ち上げる方は見づらいですね。
木や何かしらに隠れてほぼ見えませんでした。
昔は随分離れていても見えたのですが、どうも花火を打ち上げる高さが低くなっているように思います。
ほぼほぼ花火が見られる場所は限定されている感じでした。

場所を移動して、川崎公園側の花火を見る為に銀橋(櫻宮橋)に行きました。
都島区側から北区側に渡る場合、左側通行で丁度川崎公園に近い側を歩く事ができました。
橋の上はかなりの人でしたが、場所がまるでないわけでもなく、じっくり見る事ができました。
写真はその時に撮ったものです。
ただ、こちら側からだと、櫻宮公園側の花火が見づらいです。

結局、両方がスッキリと綺麗に見える場所には行けませんでした。

両方スッキリと見たいなら、源八橋の上辺りが良さそうですね。
ただ、そんなに広い橋ではないし駅の近くですから、場所の確保が大変そうです。
それに立ち止まると身動きがとれなくなりそうです。
近くで見たいなら、櫻宮神社はかなり良かったです。
花火が低めなので、本当に目の前で見る事ができます。
煙の中に入ってしまう事もありました。
川崎公園側を近くで見るのなら、銀橋の上はまずまず良かったです。
もっと良さそうな所がありそうですが、今回は見て回れませんでした。

そんなわけで、天神祭りの花火大会は良かったです。
子供の頃に見た花火と少し違いましたが、近くで見たいなら今の方が良さそうですね。
それに人が一ヶ所に集まるので、盛り上がりもある気がします。
昔は何処でも見れたので、やや分散していましたからね。

2017年7月23日日曜日

【神社ブログ】本日大阪天満宮の天神祭りに向けて行われるギャルみこしを見て参りました!

はい、ほんの30分ほど前まで、お祭りを見ておりました。

天神祭りは24日、25日に行われるのですが、その前にギャルみこしというのがあると聞いて見に行ってまいりました。
まずは河川敷の花火を打ち上げる辺り、準備状況を確認しつつ、ギャルみこしが大阪天満宮に着く時間に合わせて神社に到着です。
巡行ルートと時間の予定はこんな感じです。

 画像は天神祭ギャルみこしのホームページにあったものです。

つまり15時少し前を狙って天満宮に行ったわけですね。
今日はまだ写真はアップできないと思いますが、そのうち写真サイトの方にアップします。

沢山の人が写真を撮っておられましたので、何処かにきっと私も写っているでしょう。{笑}
当然ですが私の撮った写真には私は写っていませんが。

それにしてもみんな必死にギャルみこしを追いかけ、手を必死に伸ばして写真を撮っていましたよ。
なんかアイドルのおっかけ気分を味わいました。
まあぶっちゃけアイドルというには一歩も二歩も足りない感じがしましたが、なんというんでしょうね。
凄く魅力を感じましたよ。
菅公先生もきっとニヤニヤしていたと思います。{笑}
表現が悪かったですね。
喜んでおられたことでしょう。
とても元気で楽しそうな女性たちを見て、とても元気をいただきました。
ありがとうございます。

本当に不思議なんですが、お祭りの中にいるともう何でもできそうな気がしてくるのです。
表現は悪いかもしれませんが、人はこういう盛り上がりの中で戦争をしていたんじゃないかと感じました。
ドラを鳴らして合戦ですよ。
恐怖とかそういうのも薄れますよね。

こういう雰囲気は、現代の人はもっと味わうべきだと感じます。
戦争はやっちゃいけませんが、こういう雰囲気を味わう事はとてもいいですよ。
ストレス社会と言われていますが、全てが小さなものに感じます。
本当にお祭りっていいなって思いました。

さて明日は神鉾流し、そして明後日は大花火大会です。
明日は朝早いのでいけませんが、花火は見に行こうと思います。

2017年7月18日火曜日

【神社ブログ】これはまた斬新な神社だ!{笑}天満警察署前に鳥居‥‥どう見ても神社じゃないよね‥‥

普段歩かない道を歩くのは楽しいです。
新しい発見がありますから。
常に新しいものが見つかるわけではありません。
ただ、続けて見つかる事もあるわけで‥‥


こんな所に鳥居があるのを発見しました。
北浜から淀屋橋方面に向かう途中です。
駅のある方とは逆側、中之島を挟んで向かい側の道です。

どういう意味のある鳥居でしょうか。
この鳥居の向こうは元々参道だったのでしょうかね。
でもこの鳥居、こちらからは逆のようです。
表に回ってみましょう。


駐車場入り口に置かれた鳥居といった感じです。
横にある石灯籠を確認すると、梅鉢紋がありますね。
つまり天神さん、大阪天満宮に関連した何かなのでしょう。

この鳥居を入って向こう側が参道だとして、あの階段の向こう側辺りに何かあったのでしょうか。
あっちから来たのですが特に目につくものは無かった気がします。

それにしても面白いですね。
鳥居と石灯籠だけが残るこの場所には、おそらく何かがあったのです。
軽く調べてみると、『神鉾』を流す浜の入り口だとか‥‥
天神祭の時にここから神鉾を流し、流れ着いた所を御旅所にしたそうです。

色々あるんですね。
この歴史も古く、今から千年以上も前に始まったようです。
こういうのが今も残っている大阪の町って、いいですよね。

2017年7月17日月曜日

【神社ブログ】思わぬ所で神社を発見!参拝できないかと向かってみたら‥‥

思わぬ所で神社を見つけると嬉しい気持ちになります。
鳥居を見つけただけでもテンションが上がります。

この辺り普段は歩きません。
淀屋橋の駅の方は結構歩くのですが、中之島の反対側、梅田方面にはあまり行かないのです。
昨日は偶々でした。
梅田の方の道を歩いていると‥‥

『ん?アレは鳥居じゃね?』

でも遠くてよく見えません。
そこでデジカメでズームして写真を撮ってみました。
すると‥‥


あれは間違いなく鳥居のようです。
建物の二階にあるようですが、おそらく手前の祠に神様が祀られているものと思われます。
もしかしたら行けるかもしれないので、私はちょっとさぐってみる事にしました。

‥‥


建物は日本銀行大阪支店、南2号門のある所でした。
日本銀行も神社を置いて色々上手くいくように祈願しているのですね。

ちょっと嬉しい気持ちになったり、でも入れそうになかったので残念だったり。
まあでも写真が撮れて良かったです。

2017年7月16日日曜日

【神社ブログ】昨日は大阪梅田にある露天神社の夏祭りでした

昨日は露天神社、通称お初天神で夏祭りがありました。
御神輿を担いでいる所が見たかったのでちょっと行ってきましたが、何時ごろ何処でやっているのか分からず見る事はできませんでした。{汗}
おそらく神輿か地車かは分かりませんが、その辺りをワッショイワッショイする人が飲み屋のような所から出てきた姿を見たので、私が行ったのは丁度食事時だったのでしょう。
残念です。

まあでも普段境内に無いものが見られましたので良かったです。



参拝者も多かったですね。
手水舎から順番待ちでしたよ。
そしてその後参拝も並んだのですが、私の並んだ右側はじっくり参拝派が固まっていたようで、全然参拝が進みませんでした。{笑}
私もじっくり参拝派ですが、後ろに並んでいる人がいたので早めに済ませました。

それにしてもやはりよく知らない御祭は見どころが分からないのが微妙です。
来週、22日23日は大宮神社でお祭りがありますし、24日25日は天神祭りですよ。
大宮の方はよく分からないので行く予定はありませんが、天神祭りは花火だけは見ようと思います。
その前にお参りですかね。
日本三大祭りの一つがもうすぐですから、是非皆さんも花火くらいは見に行ってはいかがでしょうか。
私は久しぶりに見る予定なので楽しみですね。

2017年7月14日金曜日

【神社ブログ】詳細は不明?これはもう間違いないでしょ!大宮神社にある北斗社の北斗大神

大宮神社には、あまり聞かない摂末社が色々あります。
その中でちょっと我々世代の気を引くのがこの神社ですね。


何処に神様がいるのか分かりませんが、とりあえず奥の木が祀られているようです。
そしてこの神社の名前が‥‥


北斗社ですね。
木が祀られているのに北斗社って、なんだか不思議です。
祭神は北斗大神ですが、それは一体誰なのでしょうか。

大宮神社のホームページには、八幡様⇒宇佐神宮⇒末社の北辰神社⇒祭神天御中主神となり、その天御中主神と北斗大神が結びつきがあるとされています。
八幡宮と言えば祭神が応神天皇で、武の神様ですね。
武、そして北斗と来れば、武論尊先生の名前がでてきます。
あの北斗の拳の原作者ですね。

もしかしたらここに祀られている神様は、ケンシロウのご先祖様ではないでしょうか。
いやいや、ケンシロウは架空の人物、漫画の中にいるキャラですからあり得ません。
とはいえ武論尊先生の名前も意味ありげですし、もしかしたらモデルになる人がいた可能性があります。
日本は口伝で密かに色々な事が伝わっていますし、北斗を継承する人がもしかしたらいるのではないでしょうか。

ちなみに、北辰神社は『ほくしんじんじゃ』と読みます。
北清事変は皆さんご存知、支那であった義和団による事変ですが、この義和団が使っていた拳法が『神拳』と言います。
北斗と神拳が結びつくと‥‥

そんな妄想に浸りながら、大宮神社に参拝に行くのもいいかもしれませんね。

2017年7月13日木曜日

【神社ブログ】鳥居があっても神社じゃない!不思議な浜地蔵尊!

知らない町、知らない所を歩くのは結構楽しいです。
新たな発見があるからです。
この辺りの河川敷を歩くのは初めてだったのですが、まさかこんな所に鳥居があるなんて‥‥

神社だ!と思ったら、まさかの地蔵尊でした。{汗}


浜地蔵尊というそうです。
新淀川の毛馬の閘門がある所から、少し旧淀川を下った所にあります。
北区側の河川敷です。
公園があって、その中にありました。
かなり年季も入っていて、一体何時作られたものなのか気になります。
この鳥居はヤバいです。
年季を感じまくりです。

地蔵尊というのはご存知の通り神社とは違います。
それが一緒になっていると言う事は、神仏習合していた頃のものという事ですかね。
むかし淀川の水があふれた事もあり、おそらくこの辺りも水に浸かった事が何度もあるはずです。
だから鳥居はこんな風に今にも壊れそうになっているのだと思うのですが、地蔵尊は建て直したか、或いは祠は無かったのかもしれません。

それにしても驚きは、こんな所にある地蔵尊でも、ちゃんと中の提灯には電灯がともり、千羽鶴なんかも飾られたりしている所です。
一体誰がどのように管理しているのでしょうね。
こういうのを管理する仕事とかあるのでしょうか。
そういうのがあるのならやってみたい気もします。

何にしてもこういうのが見つけられたのは良かったです。
参拝したいという方は、北区側の旧淀川河川敷を新淀川方面に上っていくのが良いかと思います。
正直正確な場所は覚えていません。{汗}

Googleマップで見たら、毛馬桜之宮公園だそうです。
ストリートビューで見る事もできますね。
気になる方はストリートビューで見てみてください。
淀川神社の川向いの公園です。

2017年7月12日水曜日

【神社ブログ】思わぬところに神社があった!早速お参りに行ったわけだが‥‥金網に囲まれていたでござるの巻

Google先生で検索しても、なかなか出てこない神社があります。
それでも神社の名前をピンポイントで検索すれば出てくるわけで、そうして見つけたのが南森町にある白龍大神でした。


しかしこの神社、金網で囲まれて入る事ができません。
これは金網の間から頑張って写真を撮ったものです。
本当なら鈴を鳴らして手を合わせておきたい所ですが、それは無理なようです。

せめて鈴が鳴らせたら‥‥ん?

よく見ると鈴から何やら紐が出てますね。
確認すると‥‥


金網の外の所まで繋がっていました。
つまり、この紐で鈴を鳴らしてくださいという事でしょうか。

『おっ、おう!』

でもですね、鈴の下に吊るされた紐はですね、鈴緒と言って神様とを繋ぐものなのですよ。
この細い紐がその代わりになるのでしょうか。
少々疑問に感じながらも、今度この辺りを通る事があったら、この紐で鈴を鳴らして手を合わせておきたいと思います。

2017年7月11日火曜日

【神社ブログ】ネタもないので本当にどうでもいい話 本当にどうでもいいんだけど調べてみる?

本当にどうでもいい話です。
ちょっと、『えっ?』って思っただけです。
これは櫻宮神社の本殿ですが‥‥


千木、ちょっと傾いてないですか?
もしかして左右同じでなくてもいいのでしょうか。{汗}

一応調べてみますかね‥‥

どの神社を見ても概ね左右対称です。
一時五十一分くらいなんです。
しかしここは一時四十七分くらいですよね‥‥

そのワケは、調べても分かりませんでした。
単純に壊れているという事でしょうか。
でも比較的綺麗な社殿ですし、壊れているって事もないような気がしますけれどね。

そんなわけで、どうでもいい話でした。

2017年7月10日月曜日

【神社ブログ】鵲森宮は鵲だけに詐欺だぁ!{笑}森之宮神社にある疑問 奥社って何処よ?

私は、アマテラスちゃんが大好きです。{笑}
だからアマテラスちゃんがいる神社ではちゃんとアマテラスちゃんに挨拶したいわけです。
しかしこの神社、いるはずのアマテラスちゃんがどこにもいません‥‥


その神社はこちら、鵲森宮です。
通称森之宮神社ですね。
この神社の入り口に置かれた説明では、奥社に天照皇大神、素盞烏尊、月読命とおられるはずなのです。


しかしその奥社とやらがどこにも見当たりません。


拝殿の奥にはこのように本殿があるのみです。
奥社は何処?{汗}
そもそも奥社というのがどういう風に造られるものなのかも私は知りません。

そこでちょっと調べてみました。
すると‥‥

奥社について書かれている記事を発見しましたよ。
聖徳太子を祀る神社 ~鵲森宮~

その記事によれば、どうやら本殿の後ろといいますか、写真で言えば右側のビルの屋上にあるようです。
参拝は社務所で許可を得なければならないようですね。
残念ですが、一応近くにおられる事だけは確認できました。
今度行ったら後ろのビルを拝みたいと思います。

2017年7月9日日曜日

【神社ブログ】神社は歴史を残す所だから!だから古い方がいいの!でも本音を言うと‥‥

神社は日本の歴史を残し受け継いでいく場所です。
だから偶に文字が左側から書かれているのを見ると寂しく感じます。
歴史は今もこの先も含めて歴史ですから、自然と変わっていく部分もあっていいはずです。
でも本音を言えば、文字は右側から書いて欲しいし、近代的な施設や設備はあってほしくないのです。


これは玉造稲荷神社の拝殿内だったかと思います。
少し違和感を覚えませんか?
手前のストーブはまあいいとして、蛍光灯がつり下げられています。
ちょっと神社の拝殿内にはふさわしくないと思ってしまいました。
やっぱり一見近代的なものは神社にはふさわしくないのです。

だったら何が良いのか、代わりに照明器具は何をおくのが良いのか考えました。

そうですね‥‥目立たないLED照明なんかが‥‥(あれ?)
この天井なら天上自体にLEDを埋め込んで光るようにすれば‥‥(あれれ?)

どうやら私は神社に、歴史的建造物的な古さではなく、神社のデザインイメージを優先して求めているようです。{汗}
この蛍光灯を見てそれに気が付きました。
鉄でできた鳥居の形をしたものとか、アレもアレでその時代を表すものと言えるのです。
でも私の神社イメージには合わないんですね。

結局、良いものは残し、悪い部分は改善していくって事でいいんですよね。
更に良い物に置き換えるのも有りだし、初心を忘れない為に古いモノを残すのもいいのです。
ロウソクよりも蛍光灯の方が明るくて安全なら、変えるのも変えないのもその時の人の価値観で優先される方で良いんですよね。

そして色々な神社があっていいのです。

他が間違っているという考えだと、日本に八百万の神はいません。
私はまた一つ悟ってしまいまいた。{笑}

2017年7月8日土曜日

【神社ブログ】こんな所に鳥居があったというだけの話 小さな鳥居って何を示す?

鳥居とは、『ここから先は聖域である』という印です。
だから鳥居の向こう側は聖域なのです。

それは分かりましたが、よく分からない鳥居もありますよね。


この鳥居、よく分かりません。
そこ、聖域ですか?{汗}
ああ、写真にでかでかと写っている難波神社の神額が付いている鳥居ではないですよ。
右下の隅にある小さな鳥居の事です。{笑}

蟻があの角の隅に参拝に来るのでしょうか。
ヒアリはお断りです!

鳥居は、人間が聖域に入る前にくぐる門ですよね。
でも小さな鳥居って意外と色々な所で見ますよね。
何のためにあるのでしょうか。

ゴミを捨てないように小さな鳥居が置かれていたりします。
悪い事をしてはいけないと考え直させる為に使われたりもします。
でも神社にある小さな鳥居は何でしょうね。

神社にはまだまだ分からない所が沢山あるという話でした。

2017年7月7日金曜日

【神社ブログ】歴史上の人物が神様として祀られているとちょっと感動する

歴史上の人物が祀られている神社があります。
そういう神社を訪れてそれを知ると、ちょっと感動しますね。

大阪城にある豊國神社では豊臣秀吉が祀られています。
これは場所からも当然ですし、特に思う事はありませんでした。
よく行っていた大阪天満宮には菅公先生ですが、これもぶっちゃけ『そうなんだ~』くらいでした。
むしろ神話の天照皇大神とかの方が個人的にはテンションが上がります。

そんな私が最初に少し感動したのが玉造稲荷神社の豊臣秀頼ですね。
像が立っていて、『へぇ~この人が‥‥』と思う所がありました。
ちょっとマイナーな感じの方が私は感動するようです。

そんな私が一番感動したのが、難波神社の相殿に祀られているこの方です。


徳川家康ではないですよ。
マイナーじゃありませんしね。

私が感動したのが楠正成(楠木正成)です。
まさかこの人が神様になっていたなんて!
いえいえ、神様になるにふさわしい方だとは思うのですが、そんなに有名ではありませんよね。
有名ですか?
家康や秀吉、菅公先生に並ぶくらい?
もしそうなら私の勉強不足ですが、私にとってはまさか神になっているとは思えなかった人物なのです。
でも神になっていて欲しい人物だったわけで、名前を見つけた時は感動しました。

NHKの大河ドラマでは、武田鉄矢氏が演じていました。
とても良かったんですよね。
史実とは色々と違う所もあったでしょうが、戦いの天才で後醍醐天皇に忠誠を尽くしたという点は本当です。
おそらくこの時代なら足利尊氏なんかの方が有名でしょうが、神様にするなら楠木正成なのです。
日本人の価値観が、この辺りに表れていますね。
こういうのも神社を見て理解する事ができます。
そして面白い所です。

こういうマイナーだけど凄く良い人ってのは、日本中色々な所で祀られているのでしょうね。
そういう人が祀られている神社、もっと行ってみたいです。


2017年7月6日木曜日

【神社ブログ】漠然と凄いとは思っているけれど、こういうのを見るとやはり日本は凄い国だと思う

神社ブログ、もうネタなんてありません。
最近神社にも行っていません。
いえ、正確には、違う神社には行っておりません。
軽く行ける神社がもうないのです。{汗}
本当は全国の神社を巡る仕事とか有ればやりたいのですが、そんな仕事は無いのです。
そんなわけで、今日もあまり神社とは関係の無いブログです‥‥

神社は日本の歴史を残している所で凄いという話はしています。
その出来事がどれだけ重要だったのかも分かります。
それとは別に、こういうのも歴史を感じるという話。


千年祭紀念燈だそうです。

今までは軽く流していましたが、千年ですよ千年。
他の国に千年も続いている何かってどれくらいあるんでしょうね。
この大阪天満宮ですら千年なわけで、日本にはもっと長く続いている神社は山ほどあるでしょう。
世界最長の企業というのも、日本はランキングを独占しています。
これだけ自然災害の多い国で、どうしてこれほど多くのものが続いているのでしょうか。

一つは日本は変わらない国だという事です。
国家体制は一応2600年以上続いているという事になっていますし、文化も変わりません。
今の日本から昔を十分に想像できる国です。
そんな変わらない国を維持する為に必要なのが平和ですね。
日本ほど平和な国は他になかなかないでしょう。
確かに海外の脅威にさらされた時代もありました。
国内で戦争が行われていた時代もありました。
世界大戦で都会が焼野原になった事もあります。
でも、少なくとも国家が国民をないがしろにした時代はありません。
戦争するにしても住民に配慮してやっていました。
その文化は今でも『表でろや!』などと、他人に迷惑をかけない決闘を心がけている所に表れています。
ヤクザも、『カタギに手を出すな』というのがありますよね。

日本では常に国民と文化が守られるのがあたり前だったのです。
素晴らしいですね。

何故私はこんな話をしているのでしょうか。{笑}
そんなわけで、神社にあるこういう石碑を見ると思うわけです。
日本は本当に平和で国民が穏やかな国として続いてきたんだなと。
そんな日本を守る為に、これからの我々も頑張っていかなければならないなと思いますね。

2017年7月5日水曜日

【神社ブログ】十三参りってなんぞ?十三(じゅうそう)にお参りに行くの?

大阪天満宮に行ったら、こんな看板が出ていました。


十三まいり受付?

大阪人なら思うはずです。
十三(じゅうそう)にお参りに行くの?

調べてみる事にしました。

旧暦の3月13日前後 (新暦の3月13日から5月13日)に、男女とも数え年13歳でおこなうお祝いだそうです。
そんなお祝いあったんですね。
七五三みたいなもんでしょうか。

それにしても13日ですよ。
日本ではお祝いの日かもしれませんが、金曜日だとどうなんでしょうね。{笑}
小学生から中学生になったお祝いという感じですよね。

ウィキペディアの説明を読むと結構楽しそうです。
自分が大切にしている漢字を半紙にしたためお供えするとか、本堂を出た後振り返らないとか、こういうのはやるべきです。
帰って親にお礼を言うとか、教育にもいいです。
どうしてこういうのをもっとやらないのでしょうか。
学校教育に取り入れてもいいと思うのですが、宗教とかわけのわからない壁が立ちはだかるのですかね。
教育の方法と考えれば何も問題はなさそうです。
それにこれは神社だけではありません。
むしろお寺の方がやってるんじゃないでしょうか。

ちなみに今でこそ中学生になったお祝いっぽいですが、奈良時代は元服にあたります。
今でいうと成人式みたいな感じだったんですね。
そう考えると、現代人は大人になるのが遅い気がします。
ドンドン人が子供っぽくなってきていますよね。
自覚という部分が足りないのだと思うのです。
果たしてそれでいいのか、もう一度見直してみる必要があるのではないかと感じます。

犯罪は13才以上は大人として扱うべきだと私は考えます‥‥
なんか話がずれましたが、こういう良いお祝いはしっかりやるべきだと思います。

2017年7月4日火曜日

【神社ブログ】今日は特に何もないので突っ込みを入れる!{笑} 

手水舎では、手を清め、口を漱ぐと決められています。
神様に会う前には身も心も綺麗になり、失礼がないようにするのです。
でも、手を清めるのは分かりますが、口を漱ぐって何でしょうね。
口臭を抑える為でしょうか。{笑}

調べても理由は分かりませんでした。
その代わり他の事が分かりました。
水を吐き出す時は左手で隠すとか、龍の口から水が出ているのは『龍は水の神様』だからだとか、そういうのがあるんですね。

さてとりあえず、手水舎という名前なのに口も漱ぐわけですが、こんな神社がありました。


いやぁ~良いですね。
野鳥が水浴びに来る神社、なんだか素敵じゃないですか。
でもその水浴びした水を口に入れるのはやっぱり抵抗がありますし、それを止めるように言うのは分かります。

でも、手をその水で清めて、綺麗になるのでしょうかね。{汗}
神の水だから大丈夫?
だったら口に入れても大丈夫な気もします。

別にどうでもいい話ですが、こういう対応の為に水道水を直接使うような神社も増えているのはちょっと悲しい気もします。
私は玉造稲荷神社のような対応の方が好きでね。

2017年7月3日月曜日

【神社ブログ】神社が残す歴史 大東亜戦争がどんな戦争だったのか一目で分かる

昨日は体調がすぐれず、ブログ更新しませんでした。{汗}
とはいえネタもないので、そうでなくても更新しない日は増えるでしょう。
今日は書きます。

今まで散々言っていますが、神社は歴史を残す所であります。
日本の二千年の歴史が神社には残されているのです。
その中でも戦争に関するものは結構多いです。
特に日露戦争に関する石碑が多いのは以前ご紹介しました。
今回は、大東亜戦争について残されているものをご紹介したいと思います。


これは大阪梅田にある露天神社の注連柱です。
そこに銃弾痕が残されていました。
米軍グラマン戦闘機による攻撃があったのだそうです。
これを見て思うのは、明らかに人を殺す為に、『一般市民を殺す為』に撃たれたということです。
アメリカがどれだけ酷い国際法違反をしていたかが分かりますね。

日本は国際法を守って負けました。
負けはしましたが魂は穢さなかったのです。
それが良いか悪いかは別にして、日本とはそういう国民が造った国なんですね。

日本にとって、或いは地域にとって大切な事は神社に残されています。
もしも何かの時に真実が知りたいと思ったら、一度神社を見て回ると良いかもしれませんよ。

2017年7月1日土曜日

【神社ブログ】道祖神って今一意味がわかりません 誰かが神になればそれはもう誰々神なんじゃない?

神社を見て回ると色々な神様がいます。
神話の神々をはじめ、天皇陛下や皇族、歴史上の人物、ご先祖様、山や動物などの自然、ありとあらゆるものが崇められております。

でもそんな中で今一分からない神様がいます。
道祖神です。


道祖神って、いったい何なんでしょうか。
道端にある石とか、その場所に対する信仰かと思っていましたが、曽根崎道祖神を見ると、対象がちゃんとお初と徳兵衛と分かりますよね。
訳が分からなくなりました。

調べてみると、道祖神とは『(村境や峠の)道端に石像でよく祭られ、外から来る魔・災いを遮り防いで安全を守る神。』とGoogle先輩の検索をそのまま載せればこんな感じです。
石像に限らず、そのままの石の場合もありますが、つまり石にその場所の安全を祈願するわけですね。

更に調べるとなるほど少し分かりました。
道祖神とは、道祖神という神様ではなくて、どうやら役割の事を指すようなのです。
猿田彦先生と習合したり、妻と合わせて男女一対で習合されたりもしているようです。

その土地を守る守り神として、神様を任命する感じですかね。

古い時代のものは男女一対を表すものであるようですし、お初と徳兵衛はまさに適任だったのでしょう。
曽根崎地区を守る道祖神に二人が任命されたのです。

道祖神とは、決まった神様の名前ではなく、神様の役職です。
でもそう考えると、概ね全ての神社は地域を守る神様がおられるわけですから、道祖神も兼任していると言えますね。
社殿とかなく、あくまで簡単に石や石碑、或いは石像のみで地域の守り神となっているのが道祖神と言えそうです。
お地蔵さんなんかとも習合しているようですし、そう考えるとなんとなく分かりますね。

2017年6月30日金曜日

【神社ブログ】ある神社では子供達が参拝に訪れ『参道の真ん中は歩いちゃダメなんだよ~』と言っていました

子供達でも知っています。
参道の真ん中は歩いてはいけないと‥‥
まあ色々話はありますけれどね。
別に真ん中を歩いても良いという話もあります。
これは神社によってですかね。
でも一般的には参道の真ん中は神様の通り道で、参拝者が通ってはいけません。
しかしこれ、どう判断しましょう。{笑}


これは桜の季節、参拝者が沢山いたある日の事でございました。
ズラッと参拝者がお行儀よく並んで順番に参拝しております。
普通ならマナーを守っていて良いはずなんですが、これ参道の真ん中ですよね‥‥{汗}

これで思ったのですが、お賽銭箱とか鈴とか、ちょっと真ん中からずらした方が良いのかもですね。
そしたら参道の端を歩く事になります。
もしくは参道自体を少しずらすとか。
まあこの程度で神様は怒ったりしないと思いますけれどね。
順番に参拝する為ですし、大切なのは人の行いですから。

二つの反する何かの間で選択を迫られた時、優先するのは目の前にある事なのかもしれませんね。

2017年6月29日木曜日

【神社ブログ】この形に意味はあるのか?神社でよく見かける形

何かの形を決める時、当然それにはそれなりの理由があるはずです。
社殿の形には壊れにくいような工夫がされていたり、懸魚なんかは柱の端が表に見えないよう隠す働きがあります。

その懸魚の形にも当然それなりの意味はあるのでしょう。


さてこれは拝殿の中ですが、錦の御旗の手前にあるもの、イカマークを逆さにしたようなのがありますが、これどこかで見た形です。
そうそう、懸魚にこんな形がありました。
神社にあるもの複数に同じ形が使われているとなると、きっと意味がありますよね。
そこで早速調べてみる事にしました。

この形の懸魚、調べてみました。
上下は逆になりますが、この形をした懸魚を『楯懸魚』と言います。

ああ、なるほど、錦の御旗のかかっているのは矛ですよね。
つまり楯と矛が並べてあるという事ですか。
神様をお守りしているのですね。

また一つ謎が解けました。
他にも、神様を守るという意味以外に、いざという時に宮司さんが武器をとって戦えるように備えているのかもしれません。
錦の御旗が矛に付いている事が多く、これは天皇陛下の臣民、日本国民を表すものですから。

神社が地域の守り神になっている事は多いですが、リアルに警察のような役割もあるのかもしれませんね。

2017年6月28日水曜日

【神社ブログ】神社に太鼓があるのはどうして?色々な拝殿で見かけます

太鼓って、何処の神社でも見かけますね。
地車にも太鼓がありますし、お祭りに太鼓はつきものです。
でもどうして太鼓があるのでしょうか。
単純にお祭りを盛り上げる為でしょうか。
それとも鈴のように清めの効果があるのでしょうか。
ちょっと調べてみたいと思います。
ちなみに、全くこの先の展開は考えておりません。
見つからなければそれで終わりです。{笑}



写真がピンボケなのはいつもの事です。{苦笑}
拝殿内ってフラッシュ無しで撮るとぶれるんですよね。

さて太鼓の意味です。
太鼓にも、鈴と同様に『音によるお祓い』の意味があるそうです。
魂を振り起こし魂を再生するのだそうです。

音によって始まりを決め知らせる意味もあるそうです。
何かの始まりのお祝いにも使われるという事でしょうかね。
音は始業チャイムや、スタートのピストル音など、どれも始まりを決めるものとして使われているのは偶然ではないでしょう。
除夜の鐘は終わりと始まりですね。

音は神様の歓迎の意思だという話もあります。
太鼓以外にも笛などの音があるそうです。
でも人が鳴らしているんですけれどね。{汗}
風が吹くと神様の歓迎の意思だという話もあるそうです。

最初からそういう意味があったのかどうかは分かりませんが、太鼓には色々と意味がありそうです。

2017年6月27日火曜日

【神社ブログ】金の御幣の意味 御幣を調べると紙垂を挟んだものなんだけど‥‥

神社を巡るようになって、色々な言葉の意味や物の名前を調べるようになりました。
そこで御幣を調べた時‥‥

そもそもは紙垂を挟んだものだと知りました。

紙垂とは糸の文字の形をした紙ですね。
でも神社の拝殿を見ると、大概の神社は金色の置物が置かれています。


どうして金色の置物になっているのでしょうか。
普通に考えれば、まずは紙よりも管理しやすいというのがあるでしょう。
紙なら毎回付け替えたりしますが、これならずっとこのままでいいですからね。
掃除は大変そうですが‥‥

でも大切な紙垂をそんな理由で置物に変える意味が分かりません。
他にもきっと意味があると思われます。
調べてみると、金色という色には、『光り輝く』という意味があります。
お参りに来る人は、今年が良き年になるように来るわけで、その未来が光り輝くように金色なのだとか。

他にも元々は紙に捧げるものだったのが、今では依代なんて意味もあるからのようです。
此処に神が降りてくるわけですね。
だったらそれは豪華な方がそれらしいという事でしょうか。

他にも疑問があります。
どうしてどこの神社も1つ或いは3つ置かれているのかという所です。
この辺りは前にどこかで意味ありげな言葉を見かけましたが、答えは見つかりませんでした。
まあ3という数字は良い数字ですし、日本は三柱の神によって始まった国ですからそういう意味もあるのかもしれません。

また何か分かれば書きたいと思います。

2017年6月26日月曜日

【神社ブログ】筆塚って何?昔の日本は識字率ナンバーワンだった!

第二次世界大戦の後、GHQは日本に英語を押し付けようとしましたね。
しかし日本では今も日本語がつかわれています。
どうして日本は日本語を守る事ができたのでしょうか。
それは、外国の常識をはるかに上回る識字率があったおかげです。

昔の世界では、文字が読み書きできるってのは特別だったんですね。
しかし日本ではそんな事はあたり前だったのです。
どうして日本は、一般Peopleに至るまで文字が読み書きできたのでしょうか。

その辺り、こういうのを見ればなんとなく分かります。


これは筆塚です。
筆塚とは、筆を供養する為、或いは寺子屋などの先生に感謝する為に作られた碑です。
この筆塚がある大阪天満宮は、学問の神様である菅公先生を祀る神社ですが、菅公先生は字を書く事にも長けていたのでここに筆塚があるそうです。
そこからも分かる通り、頭の良い人は筆の達人でもあるってのが普通だったのですね。

そして日本は、そんな筆を供養する風習があるわけです。
日本がどんな国だったかが見えてきますね。
まず、とても勤勉であるという事です。
一般国民に至るまで、多くの人が勉強をするわけですから、当然文字が読めなければなりません。
識字率も高くなるというものです。

でも、誰でも普通に考えれば勉強したいと思うのではないでしょうか。
それは日本に住んでるからそう思うのです。
平和じゃない国、国民がタダの家畜として扱われていたような国では、民がそんな思いを持つわけがないのです。
目の前の事、生きる事に必死なのですから。
平和だからこそそういう意識が芽生えるのです。
一般国民も含めて、識字率が昔から世界一だった日本だからこそ筆塚なんてものがあり、その存在が世界一平和な国だった事を証明していると言えるかもしれませんね。

2017年6月25日日曜日

【神社ブログ】今思うと『これでいいの?』と感じる 神具って意外と作り方にはこだわっていない?

大阪天満宮には神輿庫があります。


おそらく中の御神輿は天神祭りやなんかで担がれる事になるのでしょう。
御神輿とは神様を移動させる為のもので、小さな神社です。
此処に神様を乗せ、町中を見て回って頂くわけです。

御神輿って、結構重要ですよね。
普段は豪華な本殿におられる神様に乗っていただくわけですから、車で言えばロールスロイスみたいな感じでしょうか。
きっと御神輿を作るとなると、それは特別なものになるのでしょう。

でもここで私は昔の事を思い出しました。
ある家の人が、町内会か何かの流れで、御神輿を作る事を頼まれたのです。
御神輿は大きく大人が担ぐものですが、子供でも担げる小さなものが欲しいとの事でした。
それで私もお手伝いをした(実際はほとんど見ていただけ)のですが、特にただの工作と違いはありませんでした。
出来上がったのも、いかにも手作りしたオモチャといった感じのものだった気がします。

今思うと、『あんなのに神様にお乗りいただいて良かったの?』と思わなくもないですね。{笑}

いやまあ気持ちですし、神様が文句を言ったりはしませんから大丈夫だとは思いますが、神輿庫を見ていてなんとなく思い出したので書きました。

2017年6月24日土曜日

【神社ブログ】神社を見ると昔の日本人が分かる 身長はどれくらいだったの?

神社を巡っていると時々出くわします。
上に渡り廊下があって頭をぶつけないように気を付けなければならない場所に‥‥


ここれは大阪天満宮にある渡り廊下ですが、子供の頃に見た時も思ったような気がします。
大人は頭をぶつけるだろうと。

どうしてこんなに低いんでしょうかね。
おそらく170cmありません。

それで少し昔の人の身長を調べてみる事にしました。

昔の人は身長が低かったと聞いていますが、180cmを超える人もいたと聞きますから、そんなに大きくは違わないでしょう。
そう思っていましたが‥‥

奈良平安時代は男性が160cmを越えてはいましたが、概ね160cm未満です。
明治時代は155cmくらいしかありませんでした。
まさかそんなに低かったのですね。
だったらこの高さで十分だったわけです。

調べてみると社殿が建てられたのが弘化(こうか)2年(1845年)だそうで、日本人の身長が最も低かった時なんですね。
通りで低いわけです。

もしもこの社殿が最近建てられたものだとしたら、こういった低い渡り廊下は無かったでしょう。
こういう所からも年代だとか時代の流れは感じられるのですね。


2017年6月23日金曜日

【神社ブログ】よく知りもしないで使っている言葉ってきっと多いよね!登龍門って成功者のみが通れる狭き困難な道かと思っていました

何気なく使っている言葉があります。

『登龍門』

一流大学への合格は狭き登龍門だとか、この登龍門を通過できたものだけが特別な仕事に就けるだとか。
言っている意味は分かりますが、どうしてそういう言葉なのかあまり考えませんよね。
実際に目で見ると考えないわけにはいきません。



実際に登龍門ってあるんですね。
まああるとは思っていましたけれど、何か武道を究めた者だけが入れる所にある門だとか、そういうのだと思っていました。
或いは究めた者だけがその門をくぐって道場から出てこられるんだと理解していました。

でも違うんですね。

『そこを通り抜ければ必ず出世する』って、逆じゃないですか。

支那の黄河上流で鯉などがその下に集まり多くは登り得ないが登れば龍になる故事に基づいているそうです。
元々は今の意味に近い感じがしますね。

目の前の難関、それが登龍門と言われています。
まあでも、この大阪天満宮の登龍門を通るのも、難関かもしれませんが。{笑}

一度登龍門を通ってみたいですね。

2017年6月22日木曜日

【神社ブログ】大阪天満宮の蛭子遷殿?どうして遷殿があるのか?

今日は大阪天満宮の蛭子遷殿のご紹介です。


この辺り、堀川戎神社のえべっさんが有名で、こちらの蛭子遷殿を知っている人は実は少ないのです。
でも実は大阪天満宮にもえべっさんがおられるのですね。
普段は菅公先生と一緒に、相殿神として祀られております。
でも1月9,10,11日は、蛭児大神は蛭子遷殿にやってこられます。
※遷座は10日?
そして大々的にお祭りが行われるわけです。

でもどうしてこういうやり方をしているのでしょうね。

まず、知らないのも当然で、大々的にお祭りするのは2007年からだそうです。
戦後途絶えていたお祭りが、10年前から復活していたんですね。
だからこの辺りに住んでいる人でも知らないのはあり得ます。

では何故遷殿であり、こちら側に常にお祀りしないのでしょうか。

そもそも蛭児大神をお迎えしたという所が残っているのかもしれませんね。
神社そのものをこちらに移動したのです。
だから遷殿なのです。

まああっちもこっちもとなると管理が大変なのもあるんじゃないでしょうか。{笑}
それに菅公先生も誰かと一緒に暮らす方が寂しくなくていいかもしれません。

そんなわけで、えべっさんの時期以外なら、メインの拝殿でお参りする場合、蛭児大神も一緒にお参りする事ができます。
えべっさんにも会いに行かないとですね。

2017年6月21日水曜日

【神社ブログ】歴史は繰り返す 無駄に繰り返す 鳥居は注連柱が進化したもので間違いなさそう

鳥居とは、注連柱が進化したものだという話があります。
注連柱は聖域とを分けるものであり、鳥居も同じです。
どちらも入口などに置かれ、注連縄が掛けてあります。


これは注連柱です。
でも、鉄パイプが渡してありますね。
これは注連縄が掛けやすいようにしているのでしょうけれど、そのうちきっと思うはずです。
『パイプもしっかり固定して、耐久性を増した方が良くね?』
気が付くと現在の冠木門のような形になるわけです。
更に思うわけです。
『もっと耐久力を上げる為に横木をもう一本増やそう!』
気が付いたら鳥居になるんですね、分かります。

注連柱は神社によって色々な形で注連柱が掛けられています。
柱が二本立っているだけのものから、鉄パイプなど横棒が用意されているものなど様々です。
人間とサルとの間の微妙な動物はいません。
でも鳥居と注連柱との間に当たる状態のものは多々有り、今もまた進化を繰り返しているようです。

気が付くと、今度は鉄パイプが二本通してある鉄パイプ鳥居なんてものができているかもしれません。
もっとオシャレな鳥居が出来上がっている可能性もあります。

歴史を繰り返す中で、あらゆるものは少しずつ進化しているのかもしれませんね。

人間も、何度も旦原点に立ち戻ることで、新たな進化があるような気がしてきました。

2017年6月20日火曜日

【神社ブログ】狛犬が鈴を付けている?理由はあるのでしょうか?

時々、狛犬が鈴を付けている事があるようです。

式内比賣許曾神社の鈴付き狛犬

これは式内比賣許曾神社の狛犬さんですが、鈴を付けていますね。
なんとこの狛犬さんは三つも付けております。
気になったので少し調べてみる事にしました。
どうして鈴を付けているのでしょうか。

調べるとこの神社の狛犬だけでなく、他にも結構いるようです。

鈴は心を清らかにするという役割があります。
その為に付けているのでしょうか。
でも狛犬さん方はそもそも神や天皇を守るものであって、邪悪な心は持っていませんね。

鈴守というものが有り、狛犬を守る為に付いていると考えるとしっくりはきます。
でも売られている鈴守が、狛犬の鈴守だったりと、どっちが先で後か分かりませんね。

伊勢神宮ではそもそも鈴も狛犬もいません。
それはそれらが伝わる以前の伝統を守っているからだという話がありました。
つまり狛犬と鈴に関しては後から付け加えられたものだという事です。
それらが一緒になっているのは、一緒に伝えられたと考えると納得できます。
鈴も狛犬もセットでお守りする為のものなわけです。

支那の影響を受けたという話もあります。
そもそも狛犬自体支那から入ってきたものですから、その影響があるのは当然ですね。
横浜中華街にいる狛犬には鈴が付いているのが多いようです。
それらを渡来系と称している人がおられるようで、やはり鈴付き狛犬は支那系の色が強い狛犬といえるのでしょう。

ただ、どうして支那ではそんな事になったのかは分かりませんでした。{汗}
まあでも普通に、神や天皇を守る為の狛犬、そして狛犬を守る為の鈴でいいのかもしれませんね。

2017年6月19日月曜日

【神社ブログ】宝珠の形をしていると思っていた水器 これは一体なんでしょうか?

神社にはまだまだ分からないものが沢山あります。
それに疑問を持ちはしますが、意識はしない事が多いです。
例えばこれも、疑問を持ちはしましたが、勝手に納得して気にせずにいたものです。


神石の前に置かれている白いもの、これはお供えをする時に水を入れておくものですね。
それはなんとなく理解していました。
形が玉ねぎ型と言いますか、仏教の『宝珠』を形どったものだと勝手に理解していました。
でも今回、どうして蓋を開けてお供えしているのか気になり調べる事で、今まで無意識に納得していたものが間違いであると知りました。

これは、仏教はまるで関係がなく、『神具』なんですね。
別に宝珠の形を真似ているわけではなく、水玉型の水を入れておく容器、『水器』と言うそうです。
てっきりこれは仏教伝来のものだと思っていましたが、これは神道側から生まれたもののようです。
まあ神仏は習合していましたから、『宝珠としても使えるように』なんて思いはあったかもしれませんけれどね。

この白いお供えの際に水を入れる容器は、神道から出てきた水玉を形どった水器です。

さて、色々と新たな知識は得ましたが、今回疑問に思った事はまだ解決していません。
どうして蓋が明けられた状態でお供えされているのでしょうか。
今まで意識して見ていませんでしたが、空いた状態というのは記憶にありません。

調べてみると、朝開けて夕方閉める、或いは参拝する前に開けて終わってから閉めるなど作法としてあるようです。
神様に水を飲んでいただくという意味では、開けるのが当然と言えば当然ですしね。
やり方としては、写真真ん中の水器のような形にするそうです。

今回私は疑問に思えた事で新しい事を知りました。
ネットで調べはしたものの、おそらくネットが無ければ、水器を使う機会には見たままを真似する事ができたでしょう。
でも疑問にも思わなかったら、新しい知識を得る事はできませんでした。

何かに疑問を持つって大切ですよね。
今回はそんな事を思いました。


2017年6月18日日曜日

【神社ブログ】残る神仏習合の跡 日本は何でも日本風に受け入れる

今日はこれについて考えます。


これ、なんでしょうね。
かなりの時間を費やして調べましたが、結局答えは見つかりませんでした。
この鳥居の形をした机というのか台というのか、神社らしくていいですよね。
上に三方が乗っていますから、そこそこ奥行きもありそうです。

さてしかし、調べても答えはなかなかでてきませんね。
頑張って調べると、これに一番似たものとして出てきたのが、『経机』というお経を乗せる机でした。
当然お経ですから仏教です。
それが神社風に形を変えて、今も神社に残っているという事でしょうか。
そもそも神社にはお供え物を乗せる台としては、八足だったり八脚案だったり神饌台だったりがあるわけです。
写真では鳥居の手前にあるヤツですね。
そうではなくこういった豪華なのが使われているのは、仏教の経机の影響を上手く神社に取り入れた結果でしょう。

この辺り、本当の所はわかりません。
まあ正直な所その答えが知りたいのですが、分からない中で想像したり調べ続けるのもまた神社の楽しみ方なのでしょう。
引き続き、これが一体何で、どういった経緯で神社の拝殿にあるのか調べて行こうと思います。

2017年6月17日土曜日

【神社ブログ】日本人の中にある記憶 生まれは関係がないというけれどやっぱり関係がある気がする

人は皆平等、生まれは関係が無いと言いますが、やはりDNAに受け継がれた何かはあるのではないかと感じます。
日本人はやっぱり日本人であり、日本人だけが日本人なのだなと思うのです。

私は大阪中心部にある神社だけですが、結構な数の神社を参拝して回りました。
その中でやはり色々と思うわけですが、神社はこうあるべきだという気持ちも生まれました。


この写真は豊崎神社ですが、とても雰囲気が良いと思いませんか。
写真だけでは伝わりにくいかもしれませんが、とにかく多くの木々の中にある神社なのです。
理屈ではありません。
神社境内には沢山の木が生えている方が良いと、私はなんとなく感じていたのですね。

そうは思っていても、単純に自然が好きだからそう感じていたのだと私は考えていました。
自然が好きだから、神社に限らず全て自然の中にある方が良いのです。
でも他の施設が自然の中にあったとしても、私はそれを意識する事は無かったでしょう。

例えば旅行に出かけて旅館に泊まります。
自然の中に有ればその自然が素晴らしいとは感じますが、これぞ旅館だとは思いません。
夜景の綺麗な旅館でも、海に近い旅館でも、富士山が見える旅館でも、私は同じように良い旅館だと思ったはずです。
でも神社は、自然の中にあってこそだと感じるのです。

その気持ちも、特に不自然には思わないし、どうしてだろうかと考える事はありませんでした。
ごく自然に感じていたからです。
そんな時、ある神社庁のサイトで、こんな説明を見つけました。

『杜とは、聖域の事である』

この言葉で、なんとなく思っていた事がハッキリとしたんですよね。
そもそも杜(森)そのものが神聖な場所と考えられていたのです。
日本とは、そういう感性をもった人達が集まってできた国だったんです。
言われてみて気が付きました。
御神木も有れば、神様が降りてくるのも木だったりします。
おみくじは木に結びますし、私が大好きな素盞烏尊神社のアマテラスちゃんが現れたのも木でした。{笑}

亜人種であるエルフは、人間よりも森を大切にする人種です。
同じ人間ですが、DNAに刻まれた考え方の違いというのは、確実にあります。
これはファンタジー世界の話ですが、今世界に住む人間だって人種で分ける事ができますし、同じ人間ですが違う部分はあると思うのです。
キリスト教の教会は森の中にあってこそ素晴らしいと、アメリカ人は感じますかね。
日本人の作り上げてきた神道の神社だからこそ、日本人は杜の中が似合うと感じるのではないでしょうか。

まあそう感じない日本人も沢山いるかもしれませんけれどね。{苦笑}

教えられなくても肌感覚で理解できる事があります。
肌感覚はおそらく、人種や民族によって、或いは個人レベルでも当然違いがあると思います。
それが個性であり、日本人は他と区別できるのだと思います。

私はこの肌感覚を大切にしていきたいです。
やっぱり日本人って良いですから。
そんな日本人の心そのものである神社、これからも見て回りたいと思います。

一応言っておきますが、別の民族や国の人を差別しようと言っているわけではないですからね。
当然別の民族や国の人には、違った良い所があるはずですから。
そして良い所というのは、きっと共感しあえると思うのです。
ただ、悪い所は知りませんよ?{苦笑}

2017年6月16日金曜日

【神社ブログ】表参道に架かる橋 川もないのに何故か橋があるその理由とは?

神社に行くとたびたび、『どうして?』と思う事があります。
どうして鈴を鳴らすのだろうかとか、どうして二拝二拍手一拝なのだろうかとか、数え上げたらきりがありません。
だから全てを取り上げて説明するのは無理ですが、今日はその中で特に『どうして?』と感じるコレについて考えてみたいと思います。


写真は野里住吉神社の参道ですが、何か普通では考えられないおかしな所がありますよね。
右側の木が凄いとか、そうじゃないですよ。{笑}
左側に写っている橋です。
川も無いのに橋があるのです。
どうしてでしょうか?
探せばこういう神社は結構あります。
本当に元々川らしきものが有った場合もありますが、参道や拝殿の正面に意味も無く橋がある事はあるのです。

意味も無く、ではないはずです。
おそらく何か意味があるのです。
今日はそれを少し考えようと思います。

以前写真紹介サイトの方でもこの話題は取り上げたかと思います。
その時は、あの一休さんのトンチから、橋を置く事で端を歩きなさいという意味があるのではないかと私は言いました。
参道は、真ん中は神様の通る道とされ、端を歩かなければなりません。
それを忘れない為に橋が置かれているという考えです。

でも普通の人はそんな事に気が付きますかね?
一休さん世代の人間にしか分からない可能性もあります。{汗}
ちなみに一休さんって、皇族男系男子なんですね。
そう考えるとまた見たくなってきたわけで、何処かの地上波で放送してくれると嬉しいです。

話がそれましたが、まあこの理由だけだと橋の意味が弱い気がします。
それに神社では、と言うよりも日本という国では、何かに複数の意味を持たせるというのは多々あります。
だからきっと他にも理由があると思うのです。
簡単な所だと、神様とを繋いでくれる架け橋ですね。
鈴緒(鈴に付いた紐)も神様と繋ぐという意味がありますし、橋にもそういう意味があっておかしくないです。

他には、神の世界とを繋ぐという意味があるかもしれません。
世界を分けるのに河というのはよくある事です。
都道府県市区町村を分けたり、世界の国々も河で分けられていたりします。
橋の向こうを神の国とする為に橋があるとも考えられるわけです。

さて、正解はあるのでしょうか。
いつも通りGoogle大先生で検索してみる事にしました。
『川が無いのに橋がある』で検索してみると、『橋のない川』ばかり出てきます。
Google大先生、日本語をしっかり勉強してください。{笑}

色々検索して感じたのは、やはりその場所には昔、川があったというものです。
神社は歴史を残しておく場所ですから、橋を残す事で昔の状況を記憶しているのです。
実際にそうだという神社もありますからね。
それに川の向こうに拝殿をおくという地理的要素を持った神社も多いです。
そもそもそういう場所に建てたとも考えられるわけです。

ある本に書かれている話からは、やはり端を歩くという意味も込められている気がしますね。
明治22年(1889年)の式年遷宮から、伊勢神宮の参道にある宇治橋は架け替えられるようになりました。
その橋の真ん中には盛り木がされています。
真ん中を歩けないようになっていますね。
伊勢神宮のホームページ
私の考えもまんざら間違いではなさそうです。

他にも、神に近づいてゆくという実感を得るために、普通の道とは違った何かを置くという事がされているようです。
階段だったり、橋もおそらくそうなのでしょう。

私が思った通り、橋には複数の意味が込められているようです。

こうやって調べると、本当に神社は面白いですね。
神社というより、日本という国がでしょうか。
昨日書いた記事ではありませんが、本当に日本っていいなと思います。

2017年6月15日木曜日

【神社ブログ】神社を巡ると日本が好きになる!日本人が好きになる!平和な日本はやはり日本人の国だ!

世界の歴史を勉強すると、日本という国がいかに平和で進んだ国だったのかが分かります。
ある人の言い分をそのままお伝えしますと、海外で殺人が無条件に駄目だとされたのは、早くてもここ何百年かの話です。
しかし日本は、千年以上も前からそうでした。

日本は平和で穏やかな国造りという意味では、超先進国なのです。

とは言っても、本当にそうだったのかは個人レベルでは確認しようがありません。
タイムマシンも無いのですから証拠もありません。
ですが日本人が造った国だと考えると、そうであったという確信は持てるんだと言う事が最近分かりました。

神社を巡っていると、日本人がいかに穏やかであるか、あったかが分かります。

少し神社と話が離れるかもしれませんが、仏教を考えると分かります。
概ね宗教というのは根本部分で変えられないのがネックとなり、宗教戦争や今でもテロ集団の傍に宗教が有ったりします。
でも日本では、仏教は神仏習合も果たし、柔軟に変えられてきました。
その教えも最初は厳格なものだったかもしれませんが、日本人に合ったものに変わるにつれ、最終的にはかなり適当なものへと進化しています。

キリスト教の教えは、信者しか救われなかったり、そもそも救われる人は最初から決められていたりします。
仏教も、他の宗教に排他的な部分が有ったり、念仏を唱えないと死後極楽に行けない等のルールがありました。
でも日本に来れば、都合の良い所だけを取り入れたり、仏教も仕舞いには死んだらみんな神様になるというユルユルの解釈へと進化してゆくのです。

『死んだらもうみんな神様でいいじゃん』

そんな事を言っている昔の日本人の姿が思い浮かびます。
※こんな言い方ではなく、あくまで印象です。

そしてやはりその根幹にあるのは、日本人の心が生み出した神社であり神道ですよね。
排他的な部分はなく、みんなが神様というユルユルの発想は、日本人だからこそだと思います。

いかにユルユルなのかが分かるものが神社には残されています。


これがなんだか分かりますか?
絵馬ですね。
でも馬の絵が描かれていません。
日本人は、今自分達に都合がいいように、適当に柔軟に変えて行ける穏やかさがあります。
だから鶏の絵が描かれていてもこれは絵馬なのです。

ところで絵馬はどうして生まれたのかご存知でしょうか。


こちらは絵馬殿ですが、奉納された絵馬が飾られています。
絵馬は奉納される為のものですが、何故このようなものが奉納されるようになったのでしょうか。
それは、神聖な動物である馬がそもそも奉納されていたわけですが、奉納する方もされる方も色々と厄介ですよね。
馬は手に入れるのが難しいですし、貰っても世話が大変です。
そこで昔の日本人は言ったわけです。

『もう絵に描いた馬で良くね?』

そしたらみんな空気を読んで『だよねぇ~』なんて言いながらなんとなくそうなっていったのだと想像します。
※こんな言い方ではなく、あくまで印象です。


そして今では小さな絵馬に願い事を書いて、奉納と祈願を一緒にしちゃってもいます。

『奉納して祈願するんだからもう一緒で良くね?』
『おっ、おう!』
※こんな言い方ではなく、あくまで印象です。

御百度参りや何ヶ所かを参拝するものも簡略化されたりしています。

おそらく遠い昔、海外から色々な思想が入ってきたのだと思います。
でも日本に来ると、それらはことごとく骨抜きにされユルユルになってきたのではないでしょうか。
そんな事が想像できてしまいますね。
それでいて守られている部分ってのも実は結構あるのが日本です。
この辺りに、大切なモノとそうでないモノの境があるのだという気がしますね。
こんなにユルく穏やかな日本人が頑なに守ってきたものは、おそらく相当大切なものなのだと思うのです。

日本の歴史を見れば今の日本が分かります。
神社を見て今の日本を知り、私はますます日本という国を大切にしたいと思いました。

2017年6月14日水曜日

【神社ブログ】狛犬はどうして角が生え、今それが消えているのか?妄想が暴走!

狛犬と獅子の違いは、以前にも色々と書きました
結局結論としては、角の有無でしか分からないとなったわけですが、今その角のある狛犬が減っています。


写真は野里住吉神社の狛犬ですが、角はもうほとんどありません。
進化すると不要なものは消えていくわけで、人間だって尾骨が尾が有った時の名残として残っていますが、ドンドン無くなってきたわけです。

だから狛犬にも、角はもう必要が無くなったという事なのかもしれません。

獅子はそのままでも霊力が強く、その証拠に毛が渦を巻いています。
狛犬はそこまで霊力がないので、角に力があると言われていました。
でもこの写真の石像を見ても、毛が渦を巻いていますね。

つまり狛犬も獅子と同様に強くなった、或いはもう獅子そのものになったから角はいらなくなったという事なのではないでしょうか。

でもそもそも何故、獅子が二体で中国から入ってきたのに、日本では一体が弱くなってしまったのでしょうか。
雌雄という話から分けたとも考えられますし、足手まといがいた方が強くなるって事なのかもしれません。
よりしっかりとした働きをする為に、役割分担した可能性もあります。
色々考えられますが、私は別の意味がここにあったのだと感じます。
今角が無くなる方向に進んでいるというのは、おそらくそうした方が良いからですよね。

だから角を付けた当時も、誰かにとってそれが良かったはずなのです。

『角が付く=弱くなる』わけですから、やはりそれを普通に国民が望むのは考えられません。
今でもそうですね。
自衛隊が弱い方が良いという思惑は、主に海外の国の意思です。
日本としては本当は強い方がいいのです。

でもそれと逆行する場合は、おそらく海外の思惑がそこにはあったと思われます。

支那は、常に自分達が地域のナンバーワンであり、日本の事は差別してきました。
その辺りの思惑が、日本で狛犬というものを生まれさせたのではないでしょうか。
犬というのは、悪い意味もあります。
そして角は、支那が日本を差別する時に使う『日本鬼子』からも良いものではありません。
日本は弱く邪悪な存在で、支那の犬(パシリ)みたいな意味を持たせる為に、上手く誘導されて狛犬が誕生してしまったのではないでしょうか。

しかし近年、何処かおかしいと感じ始め、角は無くなり、元の獅子へと戻っているのかしれないと思うわけです。

まあ別にどうという話ではないし、本当は何か別の意味が有るのだとは思います。
単純に面倒になったらからかもしれませんし、最近狛犬が作られているのは中国だからかもしれません。
でもこうして色々妄想して楽しめるのも歴史の良い所です。

そんなわけで、私は狛犬の角が無くなってきているのは、妄想したような理由があるからだと思い込みます。{笑}
別に誰にも迷惑にならないですからね。

2017年6月13日火曜日

【神社ブログ】今日はこれだけ‥‥先日のブログで言っていたアレの画像

神社ブログ、前々から言っていますがネタ不足です。{苦笑}
だから今日は先日のブログで言っていたアレの写真を一枚だけです。

チョッピリだけ変わった百度石の紹介

紹介しましたよね。
そこで、もうすぐ一番珍しいのではないかと思う百度石を~なんて話をしました。
アップしますが、思ったほどでは無かった感じです。

六角柱の百度石

六角形の百度石です。
画像検索すると数点見つかりました。{汗}
画像検索で見つかるという事は、そこそこの数はありそうですね。
円柱よりも数は少なそうですが。

さてこれだけで話が終わると寂しいので、こういった石柱はどうやって作られているのだろうかと調べてみました。
石碑なんかは古くからあるわけですし、石灯籠も有ります。
今のような道具が無かった時代はどうやって作っていたのでしょうか。
勾玉は何ヶ月だったか何年だったかは覚えていませんが、とにかくあの形になるまで砥石か何かで削っていたって話を聞いた事があります。
もしもこれだけ大きく綺麗な百度石を作ろうと思ったら、相当な時間と労力が必要だった事でしょう。

まあ結局分かりませんでした。{汗}

最後の仕上げとかは砂をこすりつけたりしていたのでしょうかね。
昔からこのような六角柱の百度石があったとは思えませんけれど、狛犬なんかは900年くらい前には石造りのものがあったわけで、本当にどうやって造っていたのか気になります。

2017年6月12日月曜日

【神社ブログ】神社によって違うとされる注連縄の紙垂と〆の子の数 神社によってここまで違いますか

神社に行くと必ずあるものの一つに注連縄があります。
注連縄とは、説明しなくてもだいたい想像はできると思いますが、その作りは神社によって違うとされます。


これは塚本神社にある手水舎ですが、そこにある注連縄には、紙垂と言われるギザギザの白い紙と、〆の子と言われる藁の飾りがつり下げられています。
リンク先の説明にあるように、〆の子の間に紙垂を垂らしたものが注連縄となります。
ただその数は神社によって違います。
この塚本神社では、〆の子が五つ、紙垂が四つというほぼ標準タイプのようですね。
〆の子はだいたい五つか三つ、紙垂が四つのいうのが多いようです。
〆の子が三つの場合は、間に紙垂が二つずつ吊り下げられていたりします。

何度も言いますが、これが標準ですが『神社によって違いがある』とされています。

さて、私はこの日本語をこう捉えます。
神社によって違いはあるものの、当然神社では統一されていると思っていました。
つまりこの手水舎が塚本神社のものであるとするならば、他の注連縄も全て、〆の子が五つ、紙垂が四つだと判断します。

しかし違っていました。


何でしょうこの注連縄の形は。
〆の子が五つは同じですが、紙垂が二つしかありません。
〆の子の間に紙垂があるという注連縄の定義にも反しています。
これはどういう事でしょうか。

拝殿はどうなっているのか確認します。


〆の子は五つと変わりませんが、紙垂の位置がおかしいです。
数は四つありますが、〆の子の間に無い所もあります。
これも注連縄の定義に反しますね。

他の所も見てみましょう。


この小さな祠はまともでした。
〆の子が五つで、紙垂が四つ、そしてちゃんと〆の子の間を紙垂で埋めています。
おそらくこれはこの神社とは別の摂末社という事でそちらに合わせているのでしょう。

つまり他の摂末社は大丈夫だと‥‥


おいっ!!{笑}

〆の子が五つは共通していますが、紙垂の位置がおかしいです。
真ん中の〆の子に重ねるようにあり、外側の紙垂も〆の子の外にあります。
〆の子の外にある場合もありますよ。
それは紙垂の数が多い時です。
でも綺麗に交互にはなっているのです。

神社によって〆の子や紙垂の数が違うというのは分かります。
でも、同じ神社でも統一性が常にあるとは限らないのですね。
〆の子が五つという部分では統一されていましたが、紙垂の数と場所は多くがバラバラでした。

塚本神社は、〆の子は五つの神社です。
でも紙垂は『適当』という神社かもしれませんね。
ちょっと面白い神社です。

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